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おんりょうめもりー ~死人達の記憶と刀の少女~  作者: ぎたこん
第1部・第三章・鬼の少女と赤マント
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3-25-1.父と客の会話【天正寺恭子】

 今日は体調がすぐれなくて、学校を休んだ。

 本当に体調が悪いのだろうか。気分が悪いような気はする。でも、本当の所は学校に行きたくないだけなのかもしれない。

 学校……私の家は霧雨学園とは離れた場所にあるから、前から通学は一人の事が多かった。でも、孤独は感じなかった。学校に行けば友達がいるという確信的事実があったからだ。


 でも、今は違う。登校中も、授業中も、休み時間もずっと一人。教師達や他の生徒からの視線もよそよそしく、話しかけてくる人間なんてもちろんいない。

 学校で何をしていても孤独しか感じない。そう考えると、やはり体調とか以前に学校へ行きたくないのだろう。


 喉の渇いた私は、そんな事を考え沈む気持ちを抑えながらキッチンへと向かう。冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出しコップに注ぐ。


「何やってるんだろう、私……伊刈さんにああ言われて、将来どうしたいか決めたはずなのに……」


 思わず言葉が洩れる。そして、意志の弱い自分に腹が立ってくる。


 そんな時だった。父の応接間の方から怒号が聞こえてきた。どうやら客人が来ている様だ。誰と話しているのだろう。誰かは分からないし、聞こえてきた声も全てが聞き取れた訳ではないが、何について話しているかは分かった。


 伊刈さんの話をしている様だった。私はその名前が耳に入った事により、気になりコップを持ったまま応接間へと向かう。そして、ドアの前で聞き耳を立てる。


「あいつ等が勝手に自殺したんだよ! 逆恨みもいいとこだ! 何が万が一の事態に備えてだ! 嘘を書き連ねた遺書など残しやがって! 素直に金を受け取って口をつぐんでいれば、借金も返済して今頃何の不自由も無く生活できていただろうに! 私だっていい迷惑なんだよ!」


「本当に勝手に、ですか?」


「この期に及んで嘘をつくわけ無いだろう!」


 聞こえてきたのは父の声と聞いた事の無い女性の声。

 私は父が伊刈さんの自殺の真相について揉み消そうとしてくれたのは知っていたが、何をしたのかは知らなかった。だから、伊刈さんのご両親が自殺したのも影姫さんに知らされて始めて知ったのだ。


 私が父に自分がしてしまった事を打ち明けた時、父は激怒した。そして、顔を思いっきり叩かれた。

 馬鹿な事をしでかした私を戒める為に叩いたのではない。もし、それが明るみになれば自分の経歴に傷が付くという怒りで私を叩いたのだ。私はそう感じた。


 父は私の本当の父ではない。母の再婚相手。でも、今まで優しくしてくれていたし、お小遣いも言うだけくれた。父の実子である兄と同等に自分の子だと思っていると言ってくれていた。

 だから安心して打ち明けたのだ。その時の豹変振りにはびっくりした。まるで触れてはいけないものに触れた瞬間であった。それからの父は、私を厳しい目で見るようになった。


 そして、まだ伊刈さんの事が尾を引いているんだ……。そう思うと胸が苦しくなってくる。

 私、また叩かれるのかな……。伊刈さんも、こんな気分だったんだろうか……。学校で無視され続ける孤独感、父に叩かれた時の痛み。大切なモノを失った時の悲しみ……。思い出しただけで更に辛くなり、胃の辺りも痛くなってきた。


「恭子、何をしているんだ」


 そんな事を考え立ち尽くして俯いていると、背後から声をかけられた。

 振り向くと、そこには兄が立っていた。兄とは言っても、血の繋がっていない義理の兄だ。年も離れている。今は父の後に続くべく、父の秘書をやっている兄だ。


「の、喉か乾いたから水を取りに……」


「だとしても、恭子の部屋とキッチンじゃここは通り道じゃない。それに、ちょっと様子を見てたが、しばらくここに立ち止まってただろ。父さんとお客さんの会話を盗み聞きとは感心しないな」


「……」


 私が黙っていると、兄さんはやれやれといった感じで溜息を付く。


「恭子、お前、将来の目標が出来たって言ってただろ。大してしんどそうにも見えないが、体調不良とか言って学校休んでてその目標は達成できるのか?」


「……わからない……でも……」


「だったらさっさと部屋に戻って体休めて体調を整えるんだ。ほら、さっさと行け。父さんには黙っててやるから」


「う、うん……」


「あとな、俺も恭子のやった事は聞いてるし、それがいけないことであったっていうのは重々感じている。でもな、いつまでも後ろばっかり見てちゃ何にもならんぞ。父さんだって俺だって必死なんだ。学校行くのは辛いかも知れんが、とりあえず前見て進めよ」


 立ち去ろうとした私の背中からかけられた言葉。血は繋がっていないとはいえ、今の私の数少ない理解者。本当に感謝しかない。


「ありがとう……」


 だが、私はそんな兄の顔を見ずに、お礼の言葉をポツリと小さく呟くきその場を立ち去る事しか出来なかった。

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