3-23-1.赤い世界【伊刈亮太】
殺す、殺す、殺してやる、絶対に殺してやる。
殺す、絶対にコロス。どこに逃げようと、どこに隠れようと、必ず見つけ出して殺してやる。
そうだ、殺せ。憎いなら殺せ。皆殺してしまえ。
頭の中に響く自分の声と、知らない別の声。その言葉に全身が支配され、体の自由が利かない。
見える世界は真っ赤ぼやけて、まるで目に赤い透明のフィルターをかけられているようだ。
声も出ない。出ても言葉にならない唸り声だけ。
苦しい。辛い。どこだ、今どこを走っているんだ。重い足音と共に当ても無く駆け回る自分の体が、まるで別人の身体のようだ。
『あ………な………た……』
知っている声が聞こえた。
妻の、幸子の声だ。どこから聞こえるんだ。すごく近くから聞こえているはずなのに、姿が見えない。
「さ……ちこ……」
俺はどうなったんだ。あの時あいつ等がウチに来て……金の受け取りを拒否した後、アイツが妙な箱を出したかと思ったら意識が……妻の倒れる姿も、朦朧とした意識の中で最後に見えた。
どうなってしまったんだ。妻は、俺は、あの時あの後どうなってしまったんだ。
『ど……こ……』
妻も私を捜している。近くにいるのに遠くはなれているような感覚だ。妻も俺と同じ様に苦しんでいるのか。どこだ、どこにいるんだ。
会いたい。会って抱きしめてやりたい。会って抱きしめて欲しい。
この苦しみから解放して欲しい。
当ても無くさ迷っているそんな時であった。近くに自分と同じ様な存在を感じた。
同じ……同じなら、自分が今どういう状態なのか知っているかもしれない。会って確かめたい、自分が今どういう状況に陥っているのかを。
そう強く思うと、体がその方向へと向かい動き出した。その感覚だけを頼りに存在を探す。
走り回っていると、ぼやける視界の中に次第に見覚えのある馴染みの風景が目に入ってきた。
私が暮らしていた地域の近所の風景だ。だが、呪いの家と噂されていた家は取り壊されたのか無くなっている。そして、続いて自分達が暮らしているマンションの姿が目に飛び込んでくる。そして、それとは別に目に入ってきたのは何人かの人影であった。
人、人だ。
殺……。
いや、何を考えているんだ俺は……。
殺す。殺せ。人間は殺セ。
一人は大きな刃物を両手に持った人物。そしてその前に老人と子供が蹲っている。まさか、襲われているのだろうか。
助けなければ。助けなければいけない。あの二人が殺されれば俺と同じ様に悲しむ家族がいるはずだ。
しかし、体が自分の身体じゃないようで感覚も無い。体が思うように動かない。しかも、言葉すら思うように発せられない状況である。気持ちだけが焦る。どうして、なぜなんだ。頼む、せめて声だけでも!
「グウウウウウウウウウオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!!!」
声が出た。出たには出たが、なんとも言えないおぞましい声。これが俺の声なのか。まるで、今まで知っている自分と似ても似つかない声じゃないか。しかし、この声によって蹲っている二人は俺の存在に気がついた。待っていろ、今、助ける。たすける。タスケル……た……ス……け……る……。
[ダメだ、殺せ。全て、殺せ。人間は皆殺しニシロ]
知らない声が頭に響いてきた。その声とともに、意識が薄れていく。まるで、深い深い闇の中へと吸い込まれるように薄れていく。同時に、人を殺さなければならないという使命感のようなものが湧き上がり頭を支配していった。
ダメだ、せめて、せめてあの人達を……。




