3-22-2.報復の始まり【或谷蓮美】
閉まったドアの向こうからは話し声が少し聞こえてきた。その声は少し動揺しているようにも聞こえる。
電話をしながら部屋を離れているのか、それが少しずつ遠ざかっていった。
そして、その声が聞こえなくなると、ドアの方に目を向けていた日和坂が口を開いた。
「お嬢! あんな奴を守る必要あるんですかい!?」
天正寺の声が聞こえなくなるのを待っていたかのように、日和坂が我慢の限界とばかりに言葉を吐き捨てる。正直それは私も同感だ。アイツを守らないといけないと改めて思うと、虫唾が走る。
だが、状況が状況なのだ。
「ひよひよ、両面鬼人が発生したの、誰のせいか分かってんの?」
「う……それは……」
「守るとか守らないとかは正直どうでもいいのよ。アイツが死のうがどうなろうが、はっきり言って私は興味ない。ようはウチの組のメンツがかかってんのよ」
「分かってやす……被害が広がれば機構からの呼び出しも……」
私がきつめの視線で睨むと、たじろぐ日和坂。
そうなのだ。目に見える被害が表舞台で広がれば、勿論上からの呼び出しがかかる。呼び出されるのは、当然組の長たる私の親父だ。そうなれば留守番をしていた私達の信用にも関わってくる。
「それに、アンタも見たでしょ。各地で見張りさせてた奴等の目撃情報を地図で辿ったのを」
「へ、へい……」
そう、両面鬼人の目撃情報は既にいくつかは手に入れている。まだ一晩しか経っていないので、そこまで多くの情報ではないが、何件か連絡が入っているのだ。
逃走の妨害をしたウチの組員は数名殺されてしまったが、或谷組を出てからは、まだ人は殺していないようだ。
聞いていた風貌からもっと残忍非道な奴かと思っていたが、案外そうでもないようだ。
ただ、その目撃情報の位置を地図上で辿ると、霧雨市黒槌にある私の自宅から明らかに門宮市の方へと点々と移動しているのだ。時折見え隠れするその姿は、何かを探すように辺りを見回しながら出現したり消えたりしているらしい。
その情報から察するに、姿を見せた時しか何かを感知出来ないようだ。
そして、その目撃情報を点としてそれぞれを線で結ぶと、移動している先にあるもので標的となりうる施設は唯一つ、門宮市市役所本庁だ。
途中にあった役所の出張所の入っている施設の前でもしばらく止まって建物を眺めていたいたと言う情報もあるから、恐らく役所関連の施設、その中でも議員が出入りする本庁を狙っているのであろう。
出張所は夜だったこともあって人がおらず何事もなかったらしいが……役所に関係する人間は危険があるのかもしれない。そしてその中でも、一番の狙いはやはり天正寺、この人だろう。
あのような一般人が多く出入りする場所で、あいつの姿が現れればその場がパニックに陥る事は間違いない。
出来れば鬼人が市役所に辿り着く前に仕留めたいが、日が明けてからの足取りがさっぱりつかめていない。
そうなると、一番に狙われているであろう天正寺明憲の周りを張るしかないと言う訳だ。
ただ、もうひとつ気になる事があった。最近付近に出没している赤マントの怪人だ。両面鬼人の目撃と同じくして、赤マントの目撃情報も今朝早くに門宮市方面から入って来ており、女児が二人犠牲になったと言う報告を受けている。
二体同時に相手、なんていう最悪の事態だけは避けたいのだが。
そんな事を考えていると、天正寺が部屋に戻ってきた。しかし、先程とは一転、なにやら顔色が悪くどこか不安気な表情をしているように感じる。拳は強く握り締めているのか、若干震えているようにも見える。
そのまま先程座っていた場所に座りなおすと、先程のふてぶてしい態度とは違い、俯き背中を丸めている。
「どうかなさいましたか?」
私がそう聞くと、天正寺は顔を上げる。その顔は、表情こそ部屋を出て行く前のような冷静さは見せているようだが、やはり顔色が悪い。
「今……同じ市議会議員で同じ派閥の……飯塚の秘書から電話があってな……自宅で家を出た直後に殺されたそうだ……車を準備していた秘書の目の前で……」
私も日和坂も黙って聞く。
殺された?
一体誰に。今聞いた内容だけでは分からない。しかし、私達にその事を話すとなると、飯塚議員を殺したのは両面鬼人なのだろうか。
しかし、飯塚議員の名前は今始めて出たが……。同じ派閥と言う事は、伊刈の両親に関して何か関与しているのか。
「その、殺した相手が……異形の化け物だったそうだ……あんた等の言ってる奴じゃないのか!? 手も足も四本あったと言ってたぞ!! 鬼のような頭が二つ付いていたとも言っていた!!! なんなんだそいつは!? い、飯塚は一太刀で首を……首をはねられて……!! 頭を……持ち去られたそうだ……」
机を勢いよく拳で叩くと、頭を抱えて髪をかき回している。明らかに取り乱す天正寺。話の内容からすると飯塚議員を殺したのは間違いなく両面鬼人だった。




