1-6-2.残された二人【烏丸友惟】
最終更新日:2025/3/3
俺は部活を昨年辞めてしまったため、一人でぶらぶらと帰路についていた。
卓磨が今日は新作ゲームを買いに行くと話していたので、ついていこうかと思ったのだが、教室から女子三人と一緒に出てくるのを目撃してしまい、それを諦め、一人で買いに行くことにした。その女子の中には双子の姉である霙月もいた。他の二人の女子から見ても、とてつもなく面倒臭そうであったため、声をかけなかったのだ。だから今は一人、ぶらぶらと帰路についている。
現在帰宅部の俺は、今日帰って何をしようかと考えつつ歩いていた。校門を出て少し進むと、何やら言い争うような声が聞こえてきた。
「自分で飛び降りたんだから死にたかったんだろ! 何か知ってんならさっさと教えろよ! でねーと……」
「でないと……? でないと何? 今度は私を虐めの対象にするの? 早苗ちゃんは自分から死ぬ様な子じゃなかったから……少なくとも私はそう信じてるから……っ! あの日だって……!」
死んだだの何だの、物騒な言葉が飛び交っている。目を凝らして声のする方を見ると、昨年同じクラスであった洲崎美里が誰かと口論しているようであった。相手の女生徒は誰だったか……確か桐生であったか。
帰宅中の他の生徒たちは関わりたくないのか、ちらりと視線を向けるだけで二人の脇を素通りしていく。
「でかい声上げて何やってんの」
桐生の相手が洲崎であることを再確認した俺は、伊刈のこともあってさすがにまずいと思い、近づいて声をかけた。
そんな俺に対し、洲崎が困惑した表情でこちらを見る。二人の口喧嘩に割って入った俺がよほど奇異に映ったのか、通り過ぎる生徒たちの視線が少し痛い。
「そっち泣いてんじゃん。洲崎、お前まさかまた……」
「ちげーよ! 関係ねー奴が入ってくんじゃねぇ! 第一またって何だよっ。私は……!」
俺が顎で桐生の方を指しながら指摘すると、洲崎の困惑した表情が一変し、怒りで固まった顔から怒号が飛んできた。やはり放っておいた方がよかったのだろうか。卓磨なら絶対に関わろうとしなかっただろう。世の中ではそれが正解なのかもしれない。
「関係ないも何も、そっち……桐生さんだっけ? 泣いてんじゃんかよ。喧嘩でもしてたならやめとけよ」
だが、関わってしまった以上、おめおめと引き下がるのも格好が悪い。
「……つっ……うっせーな、あっち行けや!」
そこで洲崎の言葉が止まる。俺の後ろから足早に誰かが近づいてくる気配がした。その存在に気づいた洲崎の顔が、冷静さを取り戻したのか、不機嫌そうなむくれ顔に変わってしまった。
「っち……もういいよ」
洲崎はそう言い残すと、そそくさとその場を離れていった。その背中を見送り振り向くと、そこには黒いロングヘアーをたなびかせた一人の女生徒が立っていた。風紀委員の蘇我智佐子である。彼女は俺の視線をよそに、桐生の方へと歩み寄った。
校門近くである。洲崎の大きな声が学園敷地内まで聞こえていたのだろう。
「大丈夫?」
「は、はい……」
蘇我が声をかけると、桐生はハンカチを取り出して涙を拭いつつ返事をする。
そして、小さく「ありがとうございました」と俺に軽くお辞儀をすると、足早にその場から逃げるように去っていった。
「烏丸君、何があったの?」
その姿を見送りつつ、急に話を振られたが、俺はずっとこの場にいたわけではないため、詳しい事情は分からない。ただ、理由は不明だが、洲崎が桐生を攻め立てていたような印象は受けた。
「え? 俺もよく分からんけど、喧嘩か何かしてたんじゃないのか」
「そう……」
蘇我はそう言うと、桐生が去った方向を見つめ、心配そうな顔をした。桐生の姿はすでに小さくしか見えず、ここからでは声をかけることもできない。
「どうかしたのか」
「桐生さんね、亡くなった伊刈さんの幼馴染なのよ。だから洲崎さんに何かされてたんじゃないかと思って」
「あー……そういや霙月もそんなこと言ってたな……次のターゲット的な感じか」
俺の言葉に、蘇我が無言で小さく頷く。
「そういや蘇我さん、一年の頃から風紀委員だったよな。伊刈さんのこと知ってたのか?」
俺の問いに、蘇我の顔が少し暗くなり、伏目がちになった。風紀委員という立場から、「虐め」という問題を解決できなかった負い目を感じているのだろうか。
「ええ……一応知っていたわ。現場も何度か目にしたことがある」
「そうなのか」
「うん……。最初は声をかけてみたりしてたんだけど、いつもはぐらかされてしまって……本人が『虐められてる』って言ってくれないと、どうしようもない部分ってあるじゃない……?」
「まぁ、な」
「そんなこともあって、生徒だけで解決できる問題じゃないと思ったから、校長や教頭にも相談したんだけど、『うちの学校で虐めがあるなんて信じられない。遊びの一環じゃないのか』の一点張りで。生徒会も自分たちの内申以外のことは無関心で、首を突っ込みたがらなかったし……ほら、教師が手を出さない問題に首を突っ込んで、学園の評判でも落とせば印象が悪くなるじゃない」
「難しい問題だな」
「それに、風紀委員が裏で動いたところで、そう簡単に解決できるものじゃないのよ。先輩たちもこの件に関しては消極的だったし、特に天正寺さんの親御さんが政治家だったから、大人たちは怖がって動かなかったし。積極的に伊刈さんの話を聞こうとしなかった私も、人のことは言えないかもしれないけど、皆保身ばかりで」
彼女とはあまり話したことはなかったが、正義感の強い人物のようである。伊刈の自殺に関して強い悔しさを抱いている様子が伺えた。
「まぁ、そう自分を責めなさんなって。俺だって同じさ。伊刈もあの三人組も昨年同じクラスだったけど、俺たちクラスメートは皆見て見ぬふりしてた。負い目を感じてるのは皆同じさ」
「分かってる、分かってるんだけど、やるせないわ。虐めがエスカレートすれば自殺もあるかもって思ってたのに。分かってたつもりだったのに……」
伊刈が自殺するまでは、他の者がそのことについてどう思っているかなど考えたこともなかった。しかし、こうして件について他人が感じていたことを聞くと、何もしなかった自分が悔やまれる。今のように一言でも声をかけていれば、少しでも救えたのではないか。
そして改めて蘇我の方を見ると、彼女の横顔は、何もできなかった自分を責めるような寂しさと悔しさで満ち溢れていた。
俺はなんと声をかけていいか分からなくなった。




