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おんりょうめもりー ~死人達の記憶と刀の少女~  作者: ぎたこん
第1部・第三章・鬼の少女と赤マント
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3-20-1.遠き日の夢【陣野卓磨】

「卓磨、これ、なんだかわかるか?」


 父が手に持つのは川の脇に落ちていた小石。見れば誰でも石だとわかる。川の中での長いたびにより削られ擦られしたのか、つるつるとした綺麗な丸い石だった。

 だがそれは何の変哲も無い物。川辺ならそこら辺にいくらでも落ちている物だ。


 目の前には川が流れ、そのせせらぎが奏でる音が耳に心地よい。水面は陽の光に照らされキラキラと輝いている。澄んだ水の中では小魚たちが遊び回り、川の中を駆け回っている。


 普段家にいることの少ない父が珍しくキャンプへ行こうと言い出し、夏休みに父に連れられ山へキャンプに来ているのだ。

 父、母、俺の家族三人。まだ一歳と幼かった燕は、爺さんと婆さんに預けて家で留守番だった。泊りでどこかへ行くなんて、いつぶりだっただろうか。


「石!」


 元気な声で答える俺が見える。普通の石を見せられたのならこうとしか答えられないだろう。街中で見る石よりは角がなくつるつるとしているがどう見ても何の変哲もない普通の石だ。


「そう、石だ。単なる石。卓磨はこれが生きていると思うか?」


「石が生きてるわけないよ」


 幼い俺がそう言うと父は親指で石を上に弾き飛ばし、落ちてきた石をパシッと掴む。


「そう思うだろ? でもな、石だってある意味生きているんだ。もちろん、俺達みたいに息をしたり動き回ったりして生きているんじゃない。石は記憶するんだ。自分が見てきた全ての物を」


「記憶?」


「そうだ。こうやってな……」


 そう言うと父さんは、石を握りしめた拳に軽く力をを入れる。


「握りしめて石と一体になる。そうすれば石た見てきた上流の川の流れ、滝壷を荒ぶる水の躍動、自身がここまで小さくなるのにどれだけ多くの旅をしてきたが見えてくる」


 目を瞑り、瞼の裏に流れる映像を見るかの様に押し黙る。そしてしばらくすると目を開きこちらに視線を移す。


「遊びまわる小魚達、物陰に身を潜める蟹や水生の昆虫……川の中の綺麗な景色が見えた……どうだ、卓磨もやってみるか?」


 そう言って手にした小石をこちらに差し出してくる。


「うん!」


 幼い俺は元気よく返事をすると、父に差し出された石を受け取り、今、父がやった事を思い出し、同じように真似をする。

 だが、目を閉じて祈った所で何も見えなかった。やってみるかと言われて、見様見真似でやってみた所で出来るはずがないのだ。幼心に当事は出来るものだと思っていたが、何も見えずにがっかりしたのを覚えている。


「お父さん、何も見えないよ。目を閉じたら真っ暗!!」


「ははっ。卓磨にはまだ早かったか。そのうちできるようになる。信じていればだがな」


 父は俺の言葉を聞くと、そう言い優しい笑顔を俺に向けた。


「ほんとに?」


「ああ、ほんとだ。卓磨は俺の息子なんだ。絶対できるようになるさ。石だけじゃない。俺がつけているこの腕時計や携帯電話だって記憶を持っている。もちろん、周りに生えている木や草花もだ。皆、何かしらの記憶を持っている。楽しい記憶、辛い記憶、悲しい記憶。いろんな記憶をな」


「見るんだったら楽しいのがいいなぁ」


 無邪気に見える事が出来るようになる事を楽しみにする幼い俺の笑顔が心に痛い。

 実際に見えるのは楽しい記憶だけじゃない。むしろ、辛い記憶の方が多いような気がするし、見てしまったことで後悔する事も多い。


「そうだな。でも、どれが楽しい記憶を持っているのかは見るまで分からない。それに、すべての物から記憶を見せてもらえるわけでもない。この石は偶然、父さんに見せてくれたが、ほとんどの物は見せてくれない。見せてくれても、辛い記憶や悲しい記憶を見てしまうこともある」


 あの頃は気がつかなかったが、父さんの顔に少しの陰りが見える。

 父さんも、今の俺のように辛く苦しい故人の記憶を幾度となく見てきたのだろう。


「その逆もまた然りだ。意図せずに無理矢理見せてくる物もある」


 まさに今の俺の状況だ。


「ええ~、嫌だなー」


「もし、そう言う記憶を見てしまって、知っている人が悲しい顔をしていたら卓磨ならどうする?」


 小さい頃の俺は少し考える。


「笑ってくれるように何とかしたい!」


 今の俺には、それが出来ているんだろうか。

 伊刈の心は最後笑っていたのだろうか。

 鴫野の心は最後笑っていたのだろうか。

 今となっては分からない。彼女等はもう消えてしまって聞くことすら出来ない。


「そう、そうだな。それが父さんの仕事なんだ。悲しい記憶を背負った人達を助けて解き放ってあげる。それが父さんの仕事……」


 そう言うと父は空を見上げ、少し寂しげな表情を見せた。

 澄み渡る空には鳥が飛び旋回している。まばらに浮かぶ雲が風に流され移動していく。

 そんな空を、俺も父につられて見上げている。


「へぇ~、僕にも出来るかな?」


「できるさ。いずれな」


 ………………。


「静磨さーん、卓磨ー、カレーできたわよー」


 少し離れた場所から母さんの声が聞こえてきた。懐かしい優しい声だ。もう聞く事の出来ない母さんの声。


 カレーの匂いはしない。そう、これは夢だから……。 


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