3-18-3.絶体絶命【陣野燕】
「な、なんじゃ!?」
そのとてつもない叫び声に、ハッと我に返り辺りを見回す。屈んで私を背負おうとしていたお爺ちゃんも、その声に驚き立ち上がり、辺りを見回す。
その声の主は、今まさに私達が逃げようとしていた背後の方向に佇んでいた。
低い声と高い声が入り混じったような不気味な唸り声を漏らしながら、一歩、また一歩と忍び寄るその声の主は、外灯に照らされて徐々にその姿を露わにする。
頭が二つある。手も足も四本ある。そして、二つの頭にある鬼のような顔。とても人間とは思えないその姿が目に入ってきた。
四本ある手には剣や弓など武器を持っている。まるでホラーゲームや特撮映画に出てくるクリーチャーだ。でも、私の直感であるが、その姿はとても特殊メイクなどの作り物には見えなかった。体の大きさがとても人間のそれではなかったのだ。
恐怖で思わず足から地面に崩れ落ちる。前からは同級生を殺した赤マントが、後ろからは別の化け物がこちらにゆっくりと少しずつ近寄ってきている。
もう既に生きた心地がしない。頭の中には恐怖と同時に、私はここで死ぬんだという絶望に包まれる。
何、これ。夢じゃないの?
夢だと思いたい。でも、夢であるという感覚は全く無い。夜風の冷たさは肌に感じるし、私を守ろうと私を抱き寄せるお爺ちゃんからは温もりを感じる。やっぱり夢じゃない。現実なんだ。そう思うと、奥歯がガタガタと震え出し目から涙が溢れてきた。
お爺ちゃんはと言うと、片方の手で私を守るように抱き寄せながらも双方を見比べている。その顔つきは険しく、お爺ちゃんもどうすればいいのか分からない状態であるようだ。
だが、視線を下ろすと私を抱える手とは違うもう片方の手は、着物の懐に忍ばせて何かを準備しているようにも見えた。こんな状況で何をするつもりだろう。この危険極まりない状況で何をするつもりだろう。
「お、お爺ちゃん……」
「シッ、喋るんじゃない。何とか隙を見て逃げるぞ」
「む、無理……無理だよ。私見たの、あの赤いマントの人が飛ぶところ……すごい速さで……」
何とか言葉を搾り出しお爺ちゃんに伝えるものの、お爺ちゃんは心配するなと私の頭を撫でてくれた。
だが、私は赤マントの跳躍力を見たので知っている。心配するなと言う方が無理である。もう片方の化け物の事は知らないが、とても逃げられる物ではないのは、私でも見て分かる。
「無理と言うのは、やってみてから言うもんじゃ。とにかく今はジッと隙を伺うんじゃ」
「グフゥ! グフゥ! ガアアアアアア、ハッ!! ハッ!」
「赤がいい? 白がいい? それとも、青がいい?」
じりじりと、二つの声が、同じ嗚咽、同じ台詞を吐きながら、前から後ろから少しずつ近寄ってくる。
もう、二体とも数メートル先だ。隙を突いて逃げるなんてとても出来そうにない。ただ言えるのは、二匹の化け物はお互いを認識していない風に見えるという事だけ。ただただ挟まれている私達だけを見て近寄ってきている。
「赤がいい? 白がいい? それとも、青がいい?」
赤マントが私に向けて幾度となく同じ質問をしてくる。
だが、滲み寄る恐怖により、それに答える事すらできなかった。
「赤がいいと言った子は……」
私が質問に答えないのに痺れを切らしたのか、赤マントがそれに答える台詞を放ち始めた。
赤マントがそう言うと、赤マント目前に巨大なハサミが現れる。理容師が使うようなデザインのハサミ。だがその形状はおぞましく、まるで人骨かき集めて組み立てられたような赤く禍々しい形状をしている。
見るだけで気持ちが悪くなってくる。
その巨大なハサミが二つに別れ、まるで剣のようになり、赤マントがソレを両手に構える。殺された人達はこれで斬られたんだと、さも単純な事がこの状況で頭に浮かんできた。
「グ……グ……アッ……ガッ……」
後ろは後ろで化け物が不気味な声を漏らしながら手にする剣を振り上げ私達に向けて構えている。双方とも、私達とはもう一メートル程の距離しかない。
このままここで殺されてしまうんだろうか。だろうかじゃない。確実に殺される。今まで生きてきた色々な記憶が頭をよぎる。走馬灯と言う奴だろうか。まさか自分がこの若さでそんな物を見るとは思っても見なかった。短い人生だったな……と、諦めの感情が沸いて来た。
「切り刻まれて殺される」
「グガァッ……!」
感情のない声と、獣のような不気味な声と共に、前後から剣を振り下ろされる。
そして、目前で起きている出来事のあまりの恐怖と絶望に、私は意識を失ってしまった。




