3-18-2.現れる化物【陣野燕】
夜道を歩く私とお爺ちゃん。どのくらい歩いただろうか。
正直、探すと言って飛び出して来たはいいものの、どこを探していいのか分からない。意地になって飛び出してきたものだからスマホも家に置いてきてしまった。
「なぁ燕、そろそろ家に戻らんか。あても無く探してても見つからんぞ。ひょっとしたらもう家に戻ってるかも知れんし」
「うん……分かってるけど……でも、影姉からまだ連絡無いじゃん……」
お兄ちゃんが行きそうな場所。烏丸さんの家か、商店街にあるゲームセンターくらいしか思い浮かばなかった。
私はお兄ちゃんが普段どこに行って何をしているのかなんてほぼ知らなかった。それだけ普段、私はお兄ちゃんと距離があるんだって事を実感した。一緒に住んでいて、家での行動を見ていて、分かっている気になってるだけだった。
烏丸さんの家は行ってみたけど、うちには来てないと言う返事だった。ゲームセンターも今日は臨時休業で閉まっていた。
霙月さんも友惟さんも一緒に探そうかと言ってくれたけど、これ以上他の人に迷惑をかける事も出来ないので丁重にお断りした。
一体どこへ行ったのだろう。商店街を回って学校付近まで捜しに歩いてはきたものの、一向に見つかる気配は無い。
それどころか、高校生以下の年齢の人達を見かける事が殆どなかった。見かけても大人の人に早々に帰宅するよう注意されていたりだ。
学校で聞いた連絡のように、本当に変質者が出ただけなんだろうか。これだけ大人の人達がピリピリとした雰囲気を出していると言う事は、何かもっと危険なものが出ているんじゃないだろうか。
そう考えさせられるに十分な状況だった。
お爺ちゃんはその事については何も言わない。ただ、終始無言の私に、早く帰ろうと時折話し掛けてくるだけ。本当の事は何も教えてくれない。
一体どうなっているんだろう。この街で今、何が起こっているんだろう。
そう思いながら、半ば諦めて家に足を向けてトボトボと歩いている時だった。
ふと、何かの気配を感じて横道を見た時、ソレはいた。最初は、また見回りの大人の人か誰かかと思ったが明らかにその人影は様子が変である。
呪いの家と呼ばれていた家があった横道、今はその建物はもう無いが、奥には大きなマンションが見える。
その路地の外灯に照らされる全身赤いマントを羽織った後ろ姿が目に入ったのだ。
その姿が気になってしまった。なぜか気になって、路地に数メートル足を踏み入れてしまった。
「つ、燕っ!」
お爺ちゃんが私を制止しようと声をかけてきたが、数歩進んでしまった。
目に入ってきたその姿。
私はソレを見た事がある。いつ見たか。それは友達が攫われた時だ。
その姿が目に入った瞬間、あの時の事を思い出した瞬間、お腹の奥から恐怖と言う恐怖が全てこみ上げてきた。そして同時に沸いて来る、あの時何も出来なかったという喪失感と自身に対する怒り。記憶に蘇る、耳に響く友達の助けを求める声。警官の話し声から聞こえた道に転がる切り刻まれた同級生の遺体の事。恐怖と共にこみ上げてきた胃の内容物を必死に押し戻す。
「あれは…………!」
小さく漏れたお爺ちゃんの声。顔を見ると、お爺ちゃんも言葉を詰まらせその姿を凝視している。
まるでアレが何かを知っていてそれに驚いているように見える。
「赤を選んだ子は、切り刻んで殺される」
唸る様な嗄れ声がこちらまで聞こえてきた。まだ相手とは距離があってここまで聞こえてくるような声ではないはずなのに聞こえてきたのだ。
赤いマントの人影はその言葉を吐き捨てると、ゆっくりと頭を回し顔をこちらに向ける。身体はこちらへ向けず、頭だけがくるりとぎこちなくのけぞらせるように此方を向く。その動作で頭に被さっていた赤いフードがはずれ、焼け爛れたような頭の皮膚が露わになった。
闇夜の中、外灯一つに照らされ見えるその姿は、不気味の一言であった。
「赤がいい? 白がいい? それとも、青がいい?」
ゆっくりと尋ねてくる赤いマントの人影。今、私達がいる場所から距離はそこそこあるはずなのに、その言葉は明確に私の耳へと伝わって聞こえてくる。
僅かな風にたなびく赤いマントのせいでよく見えないが、赤マントの向こうの足元に何かが倒れているようだ。道には赤い液体が飛び散り、外灯に照らされその光を反射している。
まさか、あの時のように、あの時のように誰かが……。切られて……殺されて……。
「うっ……」
そう考えると吐気が限界を迎えそうになる。胃が、喉が焼ける様に熱い。それを必死に押し戻す。
「燕、逃げるんじゃ。早くっ」
危険を感じ取ったお爺ちゃんが私の耳元で囁き手を引っ張る。だが、足が震えて動けない。声が出ない。
あの時と一緒だ。私は何回同じ場面に出くわしても、何もする事が出来ない……。ただ震えてみてる事しか出来ない。
「くっ、仕方ないの……っ」
私を無理矢理背負おうとするお爺ちゃん。ゆっくりと身体を此方へ向け、一歩、また一歩と歩みだしてくる赤マント。
このままここにいたら、私もあそこに転がる誰かのように殺されてしまうのだろうか。
逃げた所で、あの時のあの跳躍力を思い出すとすぐ追いつかれるんじゃないだろうか。
そんな絶望が頭を過ぎると、吐気が一気に引いて体中に寒気が走り鳥肌が立つ。
「い、いや……やだ、私、死にたく……」
学校であった連絡は、こいつから子供達を守る為だったのだと今更気がついた。
私はこいつの事を知っていたはずなのに、全く失念していた。学校であった連絡がコイツの事だと頭の中で少しでも繋げていれば、お爺ちゃんの言う事を聞いてお兄ちゃんを探す為に夜に出歩くなんて事をしなかったかもしれないのに。
そういう後悔だけが津波の様に押し寄せてくる。
でも、私が恐怖に慄いて動けずにいるその時だった。
赤マントとは別の声が聞こえてきた。
「グウウウウウウウウウオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!!!」
私達の背後から、人とは思えないまるで獣のような低く唸る獣の遠吠えの様な叫び声が辺りに木霊した。




