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おんりょうめもりー ~死人達の記憶と刀の少女~  作者: ぎたこん
第1部・第三章・鬼の少女と赤マント
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3-17-3.影姫の月紅石は【陣野卓磨】

「そうか……それは恐らく、連中が言うように厄災級の可能性が高いな」


 影姫が、全身から力が抜けたかのように溜息をつく。


「厄災級ってなんなんだ? 俺にはよく分からないんだが」


「厄災級とは、あいつ等の大元となる厄災の神の力の影響を大きく受けている屍霊だ。通常の屍霊とは比べ物にならない力を持っていて、主に怨霊・悪霊から屍霊転生した化け物だ。地縛霊や浮遊霊のそれとは格が違う」


「今まで戦った奴は……?」


「目玉狩りと赤いチャンチャンコは普通の屍霊だろうな。赤い部屋は特殊な奴だったのでよく分からんかったが……しかしだ、今出没している赤マントの怪人も、その厄災級に当たる。そんなヤツが一度に二体も付近の街をうろついているとなると……厄介だな。燕と千太郎が、二人して怪我一つ無く帰って来れたのは奇跡に近い」


 先程とは一転、影姫の顔からは明らかに焦りの表情が伺える。あまり表情をころころと変える事が少ない影姫だが、影姫のこの様な顔は今までに見た事がない。

 しかし、影姫は以前の記憶をどこまで思い出しているのだろうか。今の説明からしても、屍霊に関しては結構思い出してそうである。他の事は今も聞けそうな状況ではないが、近いうちにでも思い出したのかどうかを聞いておくべきではないのだろうか。


「しかし、そんなヤツの出現に立ち会ってよく生きてられたな。地下室の密室で対面したとなれば尚更だ。どうやって逃げたんだ」


「ん? ああ、俺なんか眼中に無い感じだった。相手が結界の張られた扉が開かれたのに気付いたかと思ったら、速攻で扉の近くにいた組員殺して外に飛び出していったから。それ以降も道を塞いでた人は何人か襲われたり殺されたみたいだけど……」


 ヨシキという人物の転がる頭が再び脳裏によぎる。そして耳に残る、頭が床に落ちた時の音。どれを取っても思い出したくないものであるが、自然と脳裏に蘇ってくる。そして、車の中では、あの人の他に二人殺されたと言っていた。化物相手だと人ってこんなに簡単に死ぬんだなと、改めて思う。


「運がよかったな。普通そんな場所にいたら瞬く間に殺されているぞ。ひょっとしたらそいつは復讐に刈られたしゅで、殺す標的が限られているのかも知れんな。それが終わるまで邪魔さえしなければ襲ってこない可能性も……。もしそうであれば、こちらは赤マントの対処が先決だな。或谷組も自分達の失態を放置するとは思えんしな」


 確かに殴り飛ばされた日和坂も、首をもがれたヨシキも両面鬼人の邪魔をしたと言えば邪魔をしたと言う風に見える。だが、或谷組だけに任せて大丈夫なのだろうか。手伝いたいという訳ではないが、急だったとはいえ発生した屍霊を自分達の本拠地からみすみす逃してしまっているのだ。

 或谷組は天正寺に見張りをつけると言っていたが、果たして守りきれるのだろうか。そもそも、天正寺の家が危ないという俺の予想が当たっているとも限らない訳だし。


 影姫は喋るのを止め、考え込んでいる。


「……話は変わるが……」


 影姫がこちらに視線を移し話しはじめた。

 その様子は、期待はしないが一応聞いてみる、といった感じである。

 何の話かは大体察しがつく。あまり聞かれたくない質問であると考える。


「卓磨、月紅石げっこうせきは使えるようになったのか?」


 やはりこの質問だ。俺が焦っているように、影姫も内心では焦っているのだろう。前二体の屍霊を倒したのが自分一人の力だけではないという事に。一刻でも早く素早く屍霊を殲滅できる力を取り戻したいのだろう。


「いや、それが……」


「そうか」


 俺のその一言に全てを察したかのように、残念そうに視線を逸らすとまた黙る。未だそれを使えない事に気まずさを覚え、俺も無意味に机の上を見回す。

 席を立つことも出来ず、何を話していいのかも分からなくなってきた。


 机の上には、先程まで影姫が読んでいた『世界の悪魔事典』と書かれた難しそうな本、数日前から置きっ放しになっている壊れたスマホや腕時計。こんな物を見回した所で何のヒントにもならない。


「なぁ。影姫はどうやって月紅石を使ってるんだ? 毒刀どくとう……何だったか、持ってるんだろ?」


 ふと思い出した事を口にしてみる。突然の質問で答えてくれるかどうかは分からないが、気になっている事を切り出してみる。影姫はゆっくりと視線をこちらに戻すと、そのまま少し固まった。


中頭なかがみに聞いたのか? 面倒臭い事をいちいち言いよって」


 そう言うと面倒臭そうに立ち上がり、手を横に伸ばす。すると、影姫の着ている着物から黒い粒子が浮き出たかと思うと、伸ばされた手の先に集まっていった。同時に着用している着物が少しずつ消えていく。

 着物が粒子となって分解されて手の先に集まっているのだ。


「いぃっ!」


 慌てて目を隠すも、黒い粒子が手元に集まるのが思いのほか早く、影姫は素っ裸になっていた。そして手には綺麗な模様が描かれた綺麗なさや


「これがその毒刀の鞘だというのも聞いたのか?」


 影姫は恥ずかしげもなくそのままの格好でこちらに視線を移し問いかけてきた。しかし、視線をどこに移していいのか分からず、きょろきょろと部屋を見回してしまう始末である。顔にも熱が篭ってきているのがわかる。とても話に集中できない。


「それはいいから先に服を着ろ! 話に集中できん!」


 とりあえず下を向きそう叫ぶ。もったいない気もしたが、今はそんな事を考えている場合でもない。わたわたする俺に、また大きな溜息を漏らす影姫。


「ったく、面倒臭い奴だな……そんな集中力だからいつまで経っても月紅石が反応しないんだぞ」


 影姫の呆れたと言わんばかりの言葉が、俺の心にグサリと刺さった。


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