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おんりょうめもりー ~死人達の記憶と刀の少女~  作者: ぎたこん
第1部・第三章・鬼の少女と赤マント
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3-16-1.屍霊の発生【陣野卓磨】

 見た所、このメリケンサックは十中八九月紅石の能力だろう。俺が見た理事長の能力が武装系だったが、見た所これも武装系だろう。


「いいか、これは『武装系』の能力だ。そんくらいは知ってんだろ? いざという時の為に溜めてたモンがあるから、あんまり使いたくはなかったんだが……正直言うと、手前てめぇを死なせるわけにもいかんからな。チッ」


 そうしている間にも、怨霊は苦悶の声を上げ続けている。

 そしてそれだけじゃない。みるみるうちにその体を肥大化させ、今までの不定形な姿から固定された形へと型取られていく。


 これが、怨霊が屍霊しれいになる瞬間なのか……?


「やべぇな。捕まえてから放置しすぎて結界の中に怨念が溜まり過ぎたのか……? しかし捕まえてから言う程経ってないはずだが……こんなことは初めてだ。完全に屍霊に成る前に仕留めた方が無難だな。嫌な予感がする」


 そう言うと日和坂は、躊躇することなく怨霊へ向かって駆け出し、パンチを一つ繰り出す。

 振られた拳からは赤い残像が見え、そのパンチのスピードを物語っている。


「オオオオオオオオオオ!」


 パンチは見事に怨霊の顔面に命中する。叫び声を上げ、顔面に赤いヒビを走らせて苦悶する。

 ヒビからは黒い煙が噴出し、それがまた怨霊の身体を包み込んでいく。

 まずいんじゃないだろうか。今は攻撃するのもまずいんじゃないだろうか。


「いいか、月紅石の能力を使えば霊的な相手に対しても物理的な攻撃を通す事が出来る。ちゃんと見てろよ。お嬢にも見せてない俺の武器だ」


 だが、怨霊も負けてはいなかった。パンチをめり込ませている日和坂に対して、反撃の一撃を繰り出す。変貌しかけの太い腕が日和坂の顔面へ向けて大きく振られた。


「ぐっ!」


 日和坂はそれに気付き、両腕で相手の攻撃を防御をするものの、そのまま力任せに吹っ飛ばされ、壁に激突する。


「ゴオオオオオオオオオオオオオオオオ!! ゴフッ! ゴフッ!」


 怨霊の叫び声が部屋に響く。すごい力だ。腕の一振りで大の大人を軽々しく吹っ飛ばしたのだ。壁に激突し、苦痛の表情と共に崩れ落ちる日和坂。


「なんつー馬鹿力だよ……クソが……これから大事な時だっつーのによ……」


 フラフラと立ち上がる日和坂も余所に、その間も怨霊の姿は変貌のそれを辿っていた。

 二つの頭、四本の腕、四本の足。それはまるで、二人の人間が背中合わせに一つに融合したような姿。

 それぞれの頭には角が生え、それぞれの顔は般若の様な顔と怒り狂った鬼のような顔になっている。どれ程の憎悪を内に秘めればこのような顔が向き出しになるのかと、更なる恐怖が俺に襲い掛かる。


 四本の腕にはそれぞれ剣や弓矢などの武器が持たれ、それを構えている。身に纏われた骨をかたどった様な鎧はもうもうと黒い煙を上げどす黒いオーラを放っている。今まで見た屍霊とは比べ物にならない圧が感じられる。

 これはもう、幽霊とか怨霊とか言うレベルじゃない。鬼だ。


「ま、まずいな、この見た目の変わりようは『厄災級』かもしれん……元の姿の原型留めてねぇじゃねぇか……」


 厄災級?

 なんだそれは。初めて聞く言葉に俺は疑問を隠せなかった。日和坂がここまで焦るという事は、普通の屍霊より強力なやつなのだろうか。

 そう言われれば俺が見てきた屍霊とは違う。見た目が元の姿とはかけ離れた姿に変貌へんぼうしている。


「グウウウウウウウウオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!!!!!!」


 二つの口から、どす黒い黒煙と共に凄まじい雄たけびが放たれる。

 その振動でビリビリと震える部屋の空気。

 死ぬ、俺は間違いなく、ここで死ぬ。

 そうとしか思えなかった。この状況を回避できたという俺の姿が、微塵も想像できない。


 俺が恐怖におののき立ち尽くしているその時だった。背後にある部屋の扉が勢いよく開かれた。


「日和坂さん、何かすごい騒がしいですけど何かありました?」


 分厚い鉄の扉をも突き抜ける大きな破壊音と叫び声に気付いたようだ。外で見張りをしていたヨシキが様子を見に扉を開けたのだ。

 慌てるような様子もなく呑気に扉を開けたヨシキの表情がみるみると強張っていく。


「ば、馬鹿野郎! 開けるんじゃねぇ!!」


 俺はその反対だ。開いて良かった、逃げられる。そう思った。

 日和坂のその叫び声も虚しく、扉が開いたことにより結界がはがれた部分に瞬時に気付いた屍霊が、瞬く間に扉の方へ走り詰め寄る。

 大きな身体を持つ屍霊を目の前にして状況を理解できていないヨシキは、ただうろたえるだけだった。

 屍霊は大きな手でヨシキの頭を鷲掴みにすると、もう片方の手に持つ剣で身体を串刺しにして頭をもぎ取った。一瞬の出来事で断末魔の声すら上げることすら出来なかったヨシキの頭はそのまま握りつぶされ、握られた手の隙間から肉片となりボタボタと地面に零れ落ちた。


「ウウ、グフッ……ガハッ……コロス……テンショウジ、コロス……グフッ」


 背中側に張り付いている身体の般若のような顔の目と目があった。

 死を覚悟した。

 だが、屍霊はそう言うと、俺と日和坂には目もくれずに部屋を飛び出していってしまった。


 気になるのは最後に聞こえた言葉だった。

 天正寺。天正寺だ。伊刈の両親の死にも天正寺が何か関わっているのだろうか。


「くそっ……!」


 日和坂はよろよろと立ち上がると、俺に構うことなく屍霊を追いかけ部屋を出て行った。俺は動く事も出来ずその場に立ち尽くす事しか出来なかった。


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