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おんりょうめもりー ~死人達の記憶と刀の少女~  作者: ぎたこん
第一部・第一章・初めての怨霊
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1-5-7.二人での帰路【陣野卓磨】

最終更新日:2025/3/3

 俺はどうやら兵藤とはあまり馬が合わないらしい。

 その後、霙月みつきと七瀬がなんとか兵藤をなだめ、帰路につくこととなった。しかし、その宥めた代償は大きかった。俺の財布に存在していたはずの万札が忽然と姿を消し、いつの間にか半分に減ってしまっていた。


 全て奢らされたのはともかくとして、高すぎるのではないか。以前はご馳走になっていたこともあり、その価格設定を全く知らなかった。特に七瀬が注文していた意味不明なメニューが高額である。レシートを見ると溜息しか出ない。

 何であれだけの注文で四千五百円も取られるのだ……知り合いなのだから、少しは値引きしてくれてもよいのではないか。ゲームが買えないではないか。また家の風呂掃除や食器の後片付けで小遣いを稼がねばならない……。情けないことに鼻をすする。


 しかも、時刻はすでに夕方である。十七時を過ぎていた。あいつらが喋りまくったせいで、喫茶店の一角を長時間占拠してしまった。他の客もまばらであったし、マスターは気にしていないようであったが、話の合間に桐生が頻繁にこちらに視線を向けていたのは、何か理由があるのだろうか。その視線に俺が気付くたび、彼女は慌てたように目をそらし、そそくさと奥へと引っ込んでいた。単にクラスメートが無駄話に興じている様子を冷ややかに眺めているという風でもなかった。

 結局、金ばかりか時間まで奪われ、学校が始業式で半日であったために昼食も食べ損ねた俺は、腹を鳴らすこととなってしまった。


「災難だったね」


 横で霙月が苦笑しながらこちらを見ている。兵藤と七瀬は帰路が別の方角であるため、すでにいない。


「本当に災難だ。そもそも悪いのはあっちだろうに。親にもビンタされたことないのに、ひどい奴だ」


 怒りが収まらないせいもあるのか、頬がまだ少し火照っている感覚がある。あの野郎、本気で叩きやがったな……。


「そりゃ、まぁねぇ……」


 親にもビンタ―――というくだりは冗談で言ったつもりであったが、俺の両親は二人とも早くに亡くなっている。霙月もそれを知っているせいか、冗談のつもりで発した言葉が、何とも気まずい雰囲気ふんいきを醸し出してしまった。


「それにしても、何なんだろうな。呪い云々は見当違いな推理だから置いておくとしても、さっき聞いた話だと、伊刈さんの自殺で恨みを持つ者が事件を起こしてるんじゃないかって思うよな。例えばご両親とか……あ、例えばの話だ。例えば」


 慌てて取り繕う。しかし、取り繕ったものの、この場に相応しい話題ではない気がする。霙月と二人きりになるのも久しぶりであるため、緊張はないが、どのような会話をすべきか迷ってしまう。とはいえ、誰が誰を殺したなどという不謹慎な話がこの場にふさわしくないのは、俺にも分かる。


「えぇ……まぁ、うん、そうだねー……。って言っても、伊刈さんのご両親もあれだし……」


 霙月もなんとか俺の話に合わせてくれようとしているようであったが、そう言いつつ暗い顔で下を向く。伊刈の両親に何かあったのだろうか。


「え、何かあったのか?」


「うーん、あんまり人に言うような話じゃないんだけどさ、伊刈さんのご両親ね、伊刈さんのこともあってか自殺したらしいよ。家で首を吊って。元々あまり裕福な家庭でもなくて、生活も苦しかったみたい。伊刈さん自身もバイトして家計を助けてたみたいだし」


「え、そうなのか? 誰に聞いたんだよ、そんな話を」


千登勢ちーちゃん……桐生さんだよ。さっき店にいたあの子、伊刈さんの幼馴染だったんだって。春休みにちょっと会うことがあって、その時に聞いたの。伊刈さんが亡くなった四日後だったらしいよ。早苗ちゃんの葬儀も終わってなかったのにって、千登勢ちーちゃん泣いてた」


 桐生か。昨年は別のクラスであったため、俺は彼女と話したことがない。彼女の交友関係も全く知らなかった。それにしても、桐生が伊刈と一緒にいるところもあまり見たことがなかった。入学当初は見かけたかもしれないが、当時は誰が誰か分からず、俺の記憶にも残っていない。


「そうなのか……何かあれだな……なんというか、な」


「一年の頃、私、千登勢ちーちゃんとはそこそこ仲良かったんだけど、伊刈さんはクラスも違ったからほとんど面識なくて。自殺があってから、その後にそれ聞くまで全然知らなかったの。千登勢ちーちゃん、伊刈さんの話題全然出さなかったし……」


「それは……まぁ、伊刈の名前を口に出したくない理由は分からなくもないが」


 だからこっちをチラチラ見てたのか。俺たちが伊刈の話をしていたからだろう。


 桐生が伊刈の話題を出さなかったのは、なんとなく理解できる。俺は昨年、伊刈と同じクラスであった。伊刈は虐められていたのだ。そのことは霙月も恐らく知っているだろう。

 目に余る行為であり、女子はもちろん男子の面々も引くほどであった。パシリや暴力はもちろん、閉じ込められたり、挙句に私物を壊されたりもしていた。

 さらに、あくまで噂であるが、虐めていた女生徒の伝手づてで、不良の先輩男子に無理やり犯されたという話も耳にしていた。

 俺が最後に見たのは、スマートフォンをわざとらしく落とされて画面にひびが入った時だろうか。あの時はよほど大切なものであったらしく、伊刈も泣きじゃくっていた。そんな状態であったのだ。


 それでも伊刈は学校を休まず毎日登校していた。何か理由があったのかもしれない。俺なら耐えられないだろう。


 そのような状態であったからこそ、虐められている者と親しいと分かれば、自分も何をされるか分からないというのが本心だったのだろう。だから、桐生が伊刈と接触しなくなった気持ちも、理解できなくはない。


「私に伊刈さんのこと話しちゃったせいか、その後から千登勢ちーちゃんもなんだかよそよそしくなっちゃって、あんまり向こうから話しかけてくることなくなっちゃったかな……。ほら、卓磨たっくんも知ってると思うけど、伊刈さん、虐められてたじゃない」


「そういや、さっきもさっさと奥に引っ込みたがってたしな。幼馴染があんなことになって、何か後ろめたいことでもあったのかもな」


「それに、私だけじゃないんだよ。それからは皆に対してそんな感じ。今日だって新しいクラスで誰とも喋ってる感じなかったし。なんて言うかさ、私に話しかけないでーってオーラを出してるみたいな気がしてさ。私もちょっと話しかけづらかった」


「そういや、教室で最後まで残って何してたんだろうな。特段何かしてたようにも見えなかったが」


「何してたんだろうね……」


 そう言う霙月の顔は少し寂しげであった。暮れかけた夕日の光に照らされたその顔が、一層その感情を引き立てて見せていた。


 そういえば、霙月と二人で帰るのはいつ以来だろうか。久しぶりであるというのに、暗い話題で言葉が詰まる。かといって、他に特に話したいこともない。


 それからしばらく無言が続く。気づくと遠くで救急車とパトカーの音がけたたましく鳴り響いている。今日もどこかで何かが起きている。しかし、俺には関係がない。関係がないのだ……。


 関係がないし、もう関わりたくもない。御厨の事件の話も、もうしたくない。

 そんなことを考えながらも無言のまま、俺たち二人はその後の帰路についた。


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