3-14-1.義理【日和坂政太郎】
「へへっ、日和坂さん、ガキのお守りばっかり大変っすね」
ニヤニヤと締まりの無い顔をしながら話し掛けて来たのは、組員である久保玉伸であった。後ろには同期の組員である森義樹と橋本忠弘も立っている。
三人は比較的新しい組員で、いつもこの三人でつるんでいる。月紅石の所持も許可されていない、いわゆる〝一般組員〟である。
お嬢の兄である或谷岳彦の班に所属しているが、やる気のなさと自己中心的な考えが強い所から、半ば放任されている三人だ。
「盗み聞きとは行儀が悪いな。まだ客人は中にいるんだぞ。聞こえたらどうする。下手な事を言うんじゃねぇよ」
こういう所がある三人なので、俺としてもあまり快く思っていない。普段も仕事と言う仕事もしないでブラついている様な奴等だし、若がなぜこの三人を組に引き入れたが皆目検討も着かない。良くて当て犬、捨て駒にしか使えんような奴等だ。
「いや、俺達は……」
森が反論しようと口を挟もうとするが、その顔には悪気の欠片も無い。
むしろ、聞こえるような大きさの声で喋っていた俺が悪い等と言いた気な顔だ。
「いやもクソもあるか。どっから聞いてたんだ。お嬢に知れたら、またブッ飛ばされるぞ」
「大丈夫っすよ。俺等が来たのは蓮美さんが出て行った後ですから。最初から聞いてたら既にもうぶっ飛ばされてますって。それに、たまたま通りかかっただけっすよ。盗み聞きとは人聞き悪いですなぁ。盗み聞きってのはこうですね……」
減らず口の橋本がふてぶてしい顔で……ここは「はい」の一つ返事で引き下がる所だろうがよ。まったくこいつらは……。
「あーだこーだ屁理屈ばっかこねて油売ってないで、訓練の一つ位したらどうなんだ。広報だからっつっていつまでも後方支援ばっかやってられると思うなよ。死にたいんなら別だがな、今のままだと近いうちに痛い目見るぞ。それとな、お前等みたいな奴等にいつまでも高給出してるほどウチは甘かねぇんだぞ」
インターネット関係には多少の知識があるらしいが……改めて三人の身体を見ると、他の組員とは違い締まりのない身体をしている。いわゆるデブだ。
採用されたからには何らかの素質はあるんだろうが……こいつ等は駄目だな。近々若頭に進言して解雇してもらうしかない。
「広報と後方かけた洒落っすか? 日和坂さん、それはちょっと……」
「ちげーよ! 減らず口ばっか叩いてっと、俺が手前等ぶっ飛ばすぞ! それに、手前等今日は地下の当番だろ!? ブラブラしてねぇでさっさと行け!」
「はいはい、わかりましたよ。今日の持ち場に戻りますよ」
「言われなくっても、なぁ」
「ここ、通り道だったしな」
はい、と一言返事をすれば終わる所を、いちいち癪に障る返事ばかりしやがる。こいつ等、俺を怒らせるためにわざとやってんじゃねぇだろうな。あまりこういう事は考えたくねぇが、目上のモンに対する離し方が全くなっちゃいねぇ。
「さっさと消えろ。俺は客人を送らねぇといけねぇんだよ」
そう言い手払いする俺の姿を見ると、三人はあからさまに不機嫌な顔をしてこの場を立ち去って行った。
不機嫌になるべきは俺の方だろうが、と思いつつ、未だ陣野が出て来ない部屋の方を振り返る。
中で動いている様子は無いが、一人で何をやっているのだろうか。色々思うところがあるのも分からないでもないが、ウジウジされると見てるだけで腹が立ってくる。今のこいつ等と一緒だ。そう言う奴は一秒でも早く俺の目の前から消えて欲しい。
しかし改めて考えると、お嬢の時間稼ぎとか、陣野に少しでも猶予を与えてやった俺が馬鹿みてぇだ。
うまいこと組長にも遠方の仕事が入ったし、数日とはいえ時間はあったんだ。それなのに何の成長もしていねぇ。
俺はコイツに手を貸してやる義理は無いんだ。そう、こいつには無い。
だが、陣野の親父には義理がある。以前、何年前だったかに、赤マントに襲われた時に命を助けられたんだ。
妹は殺されちまったが、俺に復讐する機会を与えてくれた。親父が既に死んでいる以上、義理を果たすにはコイツに手助けをしてやるしかねぇ。だが、コレで親父への義理が果たせたとは思えねぇし、こんな状態じゃ今後も果たせるとは思えねぇ。
いっそ、コイツの命を絶って屍霊との戦いから解放してやるってのが情けってもんか……。そうすれば、影姫だって、お嬢だって……。
俺がそんな事を考えている時だった。部屋の襖がゆっくりと開き、陣野が顔を出した。




