3-13-3.呆れる蓮美【陣野卓磨】
「お、お嬢、実は……」
「何よ、ひよひよは黙ってて。コレは私と陣野先輩の問題なのよ」
そう言う蓮美をよそに、日和坂は立ち上がると蓮美の方に近寄り、何やら耳打ちを始めた。
すると、みるみる内に蓮美の表情から緊張が抜けていいき、キリッとしていた姿勢から力が抜けていく。
「は? マジで言ってんの? また嘘ついてんじゃないよね?」
「へぃ……見た感じ、前に会った時と変わって無さそうですし……ココまで来てこんな事で嘘ついてもしょうがないでしょう……」
蓮美が間の抜けた表情でこちらを見ている。と同時に、日和坂もこちらに顔を向ける。
「は? 嘘でしょ!? 月紅石も扱えないのに屍霊二匹相手にして生きてんの? このやる気なさそうなヤツが? ホラー映画とかだと真っ先に死ぬタイプじゃん! コソコソと舞台になるエリアから脱出しようとして、訳の分からない死に方するタイプじゃん!?」
俺を指差しながら、すっとんきょうな顔をしている。さっきから酷い言われようである。だが、生き延びてきたのは事実だ。影姫がいたというのも大きいと思うが、運だけはいいのかもしれない。
「ほんっとにガチでマジでポッと出の一般人なわけ!? ド素人!? だってアレでしょ? あの陣野家の……」
俺を差す蓮美の指がわなわなと震えている。
それに対して俺はコクリと一つ頷くしかなかった。
そう、俺は一般人。多少過去の記憶を物から読み取れるといった能力が身についてはしまった様だが、戦う力は全く無い。本来ならこんな事に巻き込まれるような人間ではない。
アイアムア素人、アイアムア一般人なのだ。
「はぁ~……」
まるで魂の抜けたような表情をし、肩を垂らしながら俺を見つめる蓮美。何かよっぽどショックだったらしい。
「〝殺してでも奪い取る〟の選択肢を今とっても、誰も咎めないよね?」
なにやら物騒な事を呟いている。
「いや、お嬢、それは……」
「何かアホらしくなってきたわ。今まで十数年自分がしてきたのなんだったのかなって。私、風呂入って寝るわ。今日ご飯いらないから」
「え、あ、陣野はどうすれば?」
その蓮美の言葉にどもる日和坂。
そうだ、俺はどうすればいいんだ。帰るにも車でかなり走ってきたんだぞ。まさか、こんな夜更けに歩いて帰れっていうのか。
「どうすればって……ひよひよ、その人を家まで送ったげて。どうせ放っといても近いうちに死ぬでしょ。運なんて、そんな長続きするものじゃないんだから。あー、一気になんかやる気が吹っ飛んだ……色々と考えてたのになぁ」
そう言うと蓮美はトボトボと歩きながら部屋を出て行ってしまった。
そして、閉められた襖の向こう側から「明日から青春を謳歌するぞー! うおー!」と叫ぶ声が聞こえてきた。よっぽど溜まってたんだな……。
日和坂はと言うと、溜息をつきあからさまに肩を落としている。
「あ、あの」
声を掛けると、ゆっくりとこちらを見るもののその表情は暗い。
「おめぇよ、仮にも屍霊から人を守らないといけないって立場だって事を少しは自覚しろや。二匹目倒してから何日経ってるよ。その手につけてるモンは飾りか? いい加減、月紅石位使えるようになっててくれや。お前にも立場ってもんがあるだろうと思ったからこそ、時間稼ぎをしてやったのによ。折角連れて来てコレじゃあ、お嬢があまりにも不憫だ」
そう言うと、先程まで蓮美が座っていた場所にドカッと腰掛ける。
「お、俺だってやる事はやってですね……」
「やる事? 何やってんだよ」
「それはですね、えーっと……」
頭に思い浮かんだのは針に糸を通す自分の姿。針に糸を通してますだなんて言った所で、更に日和坂を呆れさせるだけだ。
「言えないのか? まぁ、言えないよな。見た感じ、前に会った時から何も変わってねぇもんな」
その顔からは日和坂の落胆した心境が伺える。
「それに、今徘徊してる赤マントはな、これまでお前が倒してきたヤツとは違って厄介な奴なんだ。前にウチ等で封印した時も十人がかりで六人殺られた。俺は当時まだ新米だったから、殆ど後ろで見ていただけだったが、組の手練れが六人も殺られたんだ。あいつがターゲットにする女子はともかく、邪魔する奴には容赦ないんだ、あいつはよ。そんな奴とこれから対峙せんといかんって時によ、そんなんでどうする」
「どうするって言われても……俺は元々屍霊と戦う為にこれまでを過ごしてきた分けじゃないですし……それに、さっきも言ったように、できる事はやってるつもりです」
「だから、できる事って何やってんだって聞いてんだろうが」
日和坂が怪訝な顔でこちらを見ている。それはそうだろう。言うだけ言って答えれないならそうなる。俺みたいなポッと出の一般人に、この人達のような特殊な環境で暮らしてきた人様な修行やらそう言う事が出来るとは思えないだろう。
「今は……ある人に月紅石の使い方を教わっています。なかなか成果は出ていませんが」
そう、とりあえず月紅石の使い方を教わっていると言っておけば納得するかもしれない。嘘ではない。実際、理事長から特訓のようなものは受けている。
「ある方って誰だ? お前の爺さんか? それとも影姫か?」
「いえ、霧雨学園の中頭理事長です」
日和坂はその名前を聞くと、今までの怪訝な表情を改めて、顔の筋肉を緩めた。




