3-12-2.日和坂の嘘【陣野卓磨】
暗い夜道、俺は車に乗せられている。
どこに連れて行かれているのかがまるで分からない。見当も付かない。
隣に座っているポニーテールの少女は相変わらず外を見たままで、未だに一言も喋っていない。
……いや、外を見ているんじゃない。よく見ると寝ているのではないだろうか。耳を澄ますとスースーと寝息が聞こえるのだ。そして、半開きになった口からは涎が垂れている。
まるで無警戒なその姿は、どうやら日和坂に誘拐されたとかそう言うものではなさそうであった。
誰なんだろうか。同じ学園の制服であるからどこかで見た事はあるのかもしれないが、一年生という事もあり、記憶には全く残っていない。
「学校終わってからずっと待ってたんだが、えらい遅かったな。今、お達しが出て学校も時短になってるはずだろ」
俺がその少女をチラチラと見ながら不安を胸に抱えていると、運転席から日和坂が声を掛けてきた。
学校が終わってからずっとだと何時間くらいだろうか。スマホを取り出し画面を見ると、今は十九時。授業が終わってからと考えると六時間くらい待っていたのだろうか。
「ちょっと、用事があったんで……なんで俺の事、待ってたんですか?」
勿論、理事長に会っていたなどこの男に言えるはずもなく、はぐらかしつつ答える。
「俺は別にお前の顔なんて見たくないんだけどよ、お嬢が……ねぇ?」
日和坂がそう声をかけるものの、お嬢といわれた少女は一向に目を覚ます事が無い。
「あっ! 静かだと思ったら寝てるじゃねぇか」
日和坂もそれに気が付いたのか、情けない声を漏らす。
六時間も一緒にいて気付かなかったのだろうか。そうだとしたらこの男も相当鈍感なのだろう。
横を見ると、お嬢と呼ばれた少女はまだ寝ている。
そしてそのまま少し見ていると、車の振動で頬杖を付いていた腕がガクッと離れて窓に頭をぶつけていた。
「あ痛っ!」
どうやら、目を覚ましたようだ。そして、寝ぼけ眼にきょろきょろと自分の周りを見回す。
「おい、ひよひよ! こいつ誰!?」
俺の方を指差し、なにやら戸惑っている。再び起きた車の振動で体勢を崩したかと思うと、その指が俺の頬にグサリと突き刺さった。
「いでっ」
爪が伸びているのか、思ったより痛かった。
「あ、お嬢、お目覚めになられましたか。そいつが陣野ですよ。陣野卓磨。お嬢が連れて来いって言ったんでしょうに。自分から言っておいてよくもまぁ……グースカグースカと……」
「あん? 何か言った?」
「いえ、何でも……」
そうか、こいつがこの前、日和坂の言っていた或谷のクソジジイの娘か。
俺を連れて来いって言う事は、影姫の事がついにバレたと言う事だろうか。何かすごく面倒くさそうだ。
というか、先日の話の流れからすると俺はこいつに殺されるのか?
こんな無防備に涎をたらして寝てたような奴に。
「って、こ、こいつが? 全然強そうじゃないじゃん! ひよひよ言ってたよね!? 『肉体と精神の強さを兼ね備えた最強の力を持つ男が現れやして、そいつが影姫を解放したから今回は諦めた方が……あっしも抵抗はしたんでございやすが、片手で軽く捻られやして』とか言ってたよね!?」
どこから取り出したかも分からないサングラスをかけたかと思うと、日和坂の真似をしながら何か言っている。正直言って似ていないが、その口調から日和坂の真似だという事だけはわかる。
「そ、そんな事言いましたっけ?」
それに対して日和坂は力なく返事をする。嘘をついたんだな。
「しらばっくれんじゃないよっ! なに! この……やる気なさそうな根暗な陰キャ!」
にしても、俺のどこが肉体と精神の強さを兼ね備えた最強の男なんだ? どちらも兼ね備えていない最低の判断力を持つ男ならわからないでもないが……。と、自分で思ってても寂しくなると同時に情けなくなる。
「い、いや、それは……そのですね……あ、そう、男は見た目だけで判断しちゃぁいけやせんよ」
そう言われてお嬢が俺の顔をまじまじと見る。だが、何かに気が付いたようにポン、と手を突くと、身を乗り出して運転中の日和坂に対して叫びだした。
「あー! わかった! 私が会わせろって言うと思って、面倒くさくて嘘ついたんでしょ!」
声がでかい。閉め切られた車内でこの大声はかなりうるさい。バックミラー越しに見える日和坂は困った顔をしている。どうやら図星、嘘をついていたらしい。
「親父に言うよ」
身を乗り出し運転する日和坂を後ろからジト目で睨みつけるお嬢。
こいつ……シートベルトをしていないじゃないか!
「す、すいやせん。それだけは勘弁してくだせぇ」
その言葉を聞くと少女はボフンとシートに座りなおした。
ふてくされた顔をしている。
「まぁいいわ。アンタが何を考えてそう言う嘘をついたかは大体分かるし」
そしてこちらを見る。眉をしかめ、まるで何もしていない俺に対して怒っている様な視線。
その顔つきに、俺に対して好意的な感情を持っていると言うような事は一切感じられなかった。




