3-11-2.切断【田中裕也】
どこだ、どこだ……。ニッパー、ペンチ……。
違う違う違う。こんなものでは、足に繋がれたあの太い鎖に対して埒が明かない。
「あった!」
それは工具箱の一番奥に沈んでいた。大き目のワイヤーカッターだ。これなら、あの鉄球の付いた鎖も断ち切れるはずだ。
だが、男性教諭の中でも化学担当・パソコン部顧問という非力な俺に果たしてできるだろうか。
そんな迷いが一瞬頭の中を過ぎった。だがそれもすぐ払拭する。
できるかどうかじゃない。やるしかない。やらなければならないんだ。生徒の命がかかっている。二度と俺の判断ミスで生徒を死なせてなるものか。伊刈の時の様に後悔に苛まれるなんてのは二度と御免だ。
辺りにはパトカーのサイレンが聞こえている。だが、まだ詳細な場所が特定できていないようだ。
警察の到着を待っている暇は無い。今、俺が溜池に沈む生徒をなんとかするしかないのだ。
「陣野! もう一度警察に連絡して正確な場所を伝えてくれ! 救急もだ! 俺はあの子を助けに行く!」
「わ、わかりました!」
普段は子供がザリガニ釣りなどをしている小汚い溜池だ。しかし、綺麗な溜池ではないと迷っている暇はない。
眼鏡を車の中に放り込むと溜池に駆け寄り、ワイヤーカッターを片手に、柵を乗り越え溜池に飛び込む。まだ五月も中旬、水が冷たく身に染みる。だが、そんな事でへこたれている場合ではない。
池の深さが分からないという不安がある。しかも辺りの暗さ。溜池周辺にある外灯の僅かな光しか頼りがない。不安は大きいがやるしかない。
俺なら出来る。俺ならやれる。
自分にそう言い聞かせる。
だが、夜の濁った水中で沈んだ生徒を探すのは容易な事ではなかった。上から外灯の光で多少の視界はあるものの、視界はほぼ無いといってもいい状態で手探りで探すしかない。
そんな時、俺の脚に何かが勢いよく当たった。魚や亀がぶつかってきた感覚ではない。その付近に手を探りいれて探してみる。人だ。そこで人が暴れている。
よかった、見つける事が出来た。
だが、生徒に近づくも、水中で暴れていて、なかなかつかむ事が出来ない。いや、出来たとしても持ち上げる事が出来ないだろう。まずは底に沈む鉄球を何とかしなければ。
そう思い、更に潜って生徒の足元を確認する。暴れる生徒に水がかき回され、水が濁り、外から入ってくる僅かな光も全く役に立たない。それでも何とか生徒の体伝いに手探りで鎖を見つけ出す。目で確認は出来ないがそれほど太い鎖ではなさそうだ。
鎖の太さは五ミリほどだろうか。このくらいならこのカッターで切断できる。生徒が沈んでからどのくらい経った。生徒は暴れるのをやめて、既に動きを止めようとしている。
何とか持ちこたえてくれと願うしかない。
鎖を掴み、カッターで挟む。
ぐ……ぐぬぬぬ…………。
思った以上に力が要る。俺の細い腕が悲鳴を上げている。力む事で口から空気が漏れて更に息も苦しくなってきた。
そしてもう一度力を込めてカッターを押し込んだ瞬間、鎖が切れる鈍い感覚が手に伝わって来た。鎖の輪の一箇所を切断する事に成功したようだ。
後もう一箇所……! 後もう一箇所切断すれば鉄球を分離する事が出来る。だがこのままでは息がもたない。
ひとまず息継ぎに水面へと顔を出す。沈んだ生徒が動いている気配はもうない。急がないと非常に危険な状況である。
息を大きく吸い込むと再び水中へ。手探りで先程切った鎖の輪を探し、先程切断した対面へとワイヤーカッターを挟み込む。上腕が痛い。力仕事が苦手である自分が憎らしい。普段使わない筋肉を使うとここまで痛みが走る物なのか。先程と同じように力を込めるが思うように切れない。
クソッ! ぐ、ぐぬぬぬぬ……!
歯を食いしばり最後の力をワイヤーカッターに込める。すると、鈍い感覚と共にカッターの先が軽くなり生徒の身体が少し上に浮いていく。
よし! 切れた!!
急いで生徒の体を抱えて水面から顔を出す。目に入るのはパトカーの赤色等の光と、柵の向こうで溜池を覗き込む陣野や複数の警官の姿。
「陣野! 引き上げ手伝ってくれ!!」
「先生! たった今、警察の人が! ちょっと待ってください!」
「おーい! こっちだ! 誰か引き上げ手伝ってくれ! ロープかなんか持って来い!!」
駆け寄ってきた警官が応援を要請している。
俺が救助し脇に抱えている生徒は、ぐったりとして息をしていないようにも見える。
ギリギリか。ギリギリなのか。頼む、死ぬなよ……!




