3-10-3.闇に蠢く赤い影【陣野卓磨】
走る車の車内、案の定コレと言った会話はない。
無言で前を見て運転する田中先生と、これまた同じく無言で後部座席に座り外を眺める俺。車に乗り込んだ後に「シートベルトはきちんと締めろよ」と言われたのを最後に二人とも言葉を発していない。
俺の家は学園からそんなに遠くないので早く付くはずなのだが、無言のせいもあってか、その時間が非常に長く感じた。
窓の外を眺めるも、今日は人が少ないようだ。部活帰りの学生の姿が見えてもおかしくない時間なのだが、今日はその姿もない。変わりに警官の姿をいつもより多く見かけるような気がする。暗くなった夜道に光る外灯に照らされる人間は大人ばかりだ。皆、何かに警戒するように視線をあちこちに向けている。
ボーっと窓の外を眺めている時だった。道路に隣接する家の屋根の上を何かが跳んでいるのが見えた。
なんだろう。動物か何かだろうか。それにしては、見える影の形が獣っぽくない。何かを抱えて、屋根の上、電柱の上を跳び回っているように見える。まるでアニメ等で見る忍者のようだ。
何か……。抱えているのは人だろうか。手足をばたつかせて暴れているようにも見える。
だが、その影はそんなことを気にする様子もなく、徐行するこの車よりも若干早く移動しながら、この車との距離が少しずつ離れていく。
そして、その姿に近辺の住宅から洩れる光が当たり照らされた。
それは一瞬であったが、俺には見えた。脇に人を抱えて、ボロボロの赤いマントを翻す姿が。
赤マント……。瞬時に頭に浮かんだのはその言葉だった。
赤マントの怪人だ!
赤マントの怪人がまさに今、人を攫っているのだ!
「せ、先生、あ、あれ!」
赤マントは屍霊だ。田中先生に伝えた所でどうにかできるものではないのは分かっている。
しかし、姿を確認して焦ってしまった俺は咄嗟に声をかけてしまった。
「ん? どうした」
田中先生は運転に集中していたのか、赤マントの姿に気がついていなかったようだが、バックミラーに映った俺の顔が相当慌てていたのか、俺の視線の先に目を移した。
田中先生も徐々に離れていく前方の影を視認する。
「あ、あれは……まさか! 聞いていたのと同じ……っ、くそっ!」
誰にでもなくそう言うと、車のスピードがどんどん上がっていく。追いかけるつもりのようだ。見た所、攫われている人間は動いており、まだ生きている。今ならまだ助けられる可能性がある。
「まさか……実在するだなんて。信じていなかった俺の目の前に……しかし見た以上は信じざるを……」
田中先生はブツブツと独り言を呟きながら車を走らせる。だが、赤マントの影との距離は一向につまる事が無い。それどころか引き離されている感じもする。
「先生……! 追いかけるんすか!?」
「当たり前だ! 脇に抱えてるのは人だろ!? 動いている! 通達が本当ならば助けないといけないし、行き先を確認する必要もある! くそっ、もっと広い道路ならスピードを出せるものをっ!」
そうだ、奴を追いかけないと、行き先が分からない。今攫われている人物を救う事が出来ない。田中先生の判断は至極当然の事であった。
「陣野! スマホ持ってるか!? 持ってるなら警察に電話をしてくれ! 『あさぎり公園付近に「あ」の八号が出た』と言ってくれれば分かる! あと、今追跡中だから行き先が分かったらまた連絡を入れると!」
「え、あ、はい!」
暗号のような物はよく分からないが、恐らく大人達に通達されている赤マントの呼称だろう。子供が聞いても分からないように呼び方を変えているのか。俺は急いでスマホを取り出し、警察へと電話をかけた。




