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おんりょうめもりー ~死人達の記憶と刀の少女~  作者: ぎたこん
第1部・第三章・鬼の少女と赤マント
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3-10-1.田中の熱弁【陣野卓磨】

 延々と続いた針に糸を通すと言う単純作業で目が疲れたのか、校門を出て、少しボーっとしていた時だった。

 後ろからライトで照らされクラクションを「プッ」っと短く一度鳴らされた。


 誰かと思い振り返ると、自動車が一台。

 もう辺りも暗くなっていたので運転席に座っている人物はよく見えなかった。目を凝らして見てみると、中には担任の田中先生が乗っているのが辛うじて見えた。

 俺がじっと見ていると、ゆっくりと徐行して近づいてくる。そして俺の横で再び車を停め、窓が開いた。


「何をしている、こんな時間に。今日は早く帰れと言ってあっただろう」


 一人ボーっと突っ立っていたので心配して声をかけてくれたのだろうとは思うが、相変わらず無表情で感情の乏しい言葉が口から発せられる。

 いかにも生徒を見つけてしまったのが面倒だというオーラを感じ取れる。


「すいません、ちょっと理事長に呼び出されてまして……話をしていたらこんな時間に。すぐに帰ります」


 少し疲れたせいもあってか、理事長と会っていたという事を漏らしてしまった。

 ハッと森之宮さんに言われた事を思い出してこれ以上詮索されないようにと、そう言って歩き出そうとしたが、すぐに田中先生に声をかけられ引きとめられてしまった。

 見ると田中先生は、いつも顰めている目を丸くして驚いた顔をしていた。


「理事長? 陣野お前、理事長に会ったのか?」


「え? えぇ。まぁ……なんというか……」


 一度会ったという事を言ってしまっては言い逃れも出来まいと思い、仕方なく肯定をする。


「会いましたけど……それがどうかしたんですか?」


 生徒はともかく、教師陣が会った事がないなんて事はないんじゃないかとは思っていた。

 しかし、この驚き様である。もしかして会うどころか見た事すらないのだろうか。


「いや、そりゃお前。理事長って言ったら校長ですら会った事がないって話だ。会うどころか電話とかで話をする事すらないって話だぞ。いつも連絡を持ってくるのは秘書の森之宮さんだからな。もちろん俺も会った事はおろか、見た事すらない」


 あの執事さん、秘書もやっているのか。しかし、それだったら田中先生が驚くのも納得がいく。学内で誰も会ったことのない人物に俺は会ったことになるのだ。


「どんな人だったんだ? 男か? 女か? あの変わった名前だ。性別すらわからないんだ」


 中頭水久数なかがみみくず

 確かに、この名前だけ見ても性別もよくわからなさそうだ。それどころかフリガナを振っていないと文字としても読むのが難しいだろう。しかし、影姫との会話を聞いているとこの名前も本名なのかすら怪しい。


 田中先生は珍しく興味津々である。子供のように目を輝かせてこちらを見ている。こんな田中先生は見た事がない。

 それほどに理事長の正体と言うのは職員室でも謎になっているのだろう。


「すいません、ちょっと……森之宮さんから理事長に関してはあまり口外するなって口止めされてまして……」


「そこを何とか教えてくれないか。陣野も分かるだろう、俺は口が堅いほうなんだ」


 そんな同じ様な問答が続くこと数分。俺はついに面倒臭くなり少し折れてしまった。

 まぁ、田中先生なら確かに口が堅い……と言うか、他の教師ともあまり喋らないので大丈夫だろう。


「仕方ないですね。本当に誰にも言わないで下さいよ」


「ああ、それは約束する」


「女性でしたよ。肌の白い、黒髪のロングヘアーでした。年は……見た感じ二十代半ば位ですかね。物腰が穏やかで、どこかのお嬢様って感じでしたよ。怖い雰囲気ふんいきはちょっとありましたけど……日本人にはちょっと見えませんでした。外国の片かハーフか何かですかね」


 怖い雰囲気ふんいきに関してはちょっと所ではなかったが、ここはあまり話さない方がよさそうだ。

 月紅石とかその辺の話をしなければ大丈夫だろう。


「二十代だって!? それは本当なのか?」


 年齢を聞いて驚いている。何かおかしな所でもあっただろうか。ひょっとして年齢は公表されていて、もう少し年上だったのか?


「年齢を聞いたわけではないので俺が見ただけの予想ですけど……何かおかしいんですか?」


「ん? いや、確か今の理事長は、今の校長がここに教師として赴任する前から理事長をやってるはずだから、もっと年を取っていると思っていたんだが……いつの間にか変わっていたのか? しかし名前は変わってないし……理事長の名前は代々受け継がれるとかそんな感じなのか……? 歌舞伎の襲名みたいに……いや、そんなまさか……」


 田中先生は宙を見ながら一人で自問自答している。

 俺は理事長については今まで関わる事もなかったし、見たのも初めてだったのでそこまでは気がつかなかった。


「珍しいですね。田中先生がそこまで興味を示すなんて」


 俺がそう言うと田中先生はこちらを向き、微笑を見せる。


「何を言っているんだ陣野。他の人間が知らない事を知れるという事が、どれだけ脳に快感を与えてくれるか分からないのか? 知りたい事を調べて知る事ができると言うのは、この星で唯一人類だけに許された特権だぞ。その欲求を満たさないでどうする」


「俺はあんまりそういう欲求はないもので」


「駄目だぞ陣野。欲求云々(うんぬん)は置いておいたとしてもだ、知らない事を知らないままでいると損をする事も少なくない。今はインターネットと言う便利な物もあるんだ。それが駄目ならこの市にも大きな図書館があるだろう。それでも分からなければ、人に聞くのもいい。中には嘘の情報もあるが、それを見極めて知る事が出来れば、先の人生で役に立つ事もある」


 田中先生の熱弁が始まった。

 ただでさえ疲れていて早く帰りたいのに、嫌な時に捕まってしまったものだ。

 しかし、普段無表情な田中先生がそこまで熱くなるほど、理事長の姿は知られていなかったのだ。

 なんだか言ってはいけない事を言ってしまったような気分になった。


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