3-9-2.鬼蜘蛛【陣野卓磨】
理事長の月紅石の蠢きが収束すると、手には何かが装着されていた。いや、手と言うより指。
装飾の施された爪のような物が指輪をつけていた中指に装着されている。
「やはり駄目ね。本来なら片手を覆う鉄鋼の様に装着されるのだけど……右手中指一本だけ」
中指に装着されたソレをしげしげと見つめながら残念そうに言う理事長。
「それは……?」
始めて見る物体に疑問は隠せなかった。
今、自分の目の前で一体何が起こったのかよく分からない。
「これが、月紅石の力。使えばその使用者の性質に合ったモノに変化して力を授けてくれる。私の場合は……爪ね。どんな能力が付いているのかは詳しく明かせませんが、武器として以外にも特殊な能力が備わっています」
そう言い、爪の付いた手をこちらへと差し出す。爪は中指の根元まで、纏わりつく鎧の様に装着されている。先には内側に鋭い刃の付いた鋭利な赤い爪。これで引っかかれでもしたら、ひとたまりもないだろう。
「その時の体調や力の制限によって形が変わることはあるけど、大体は同じ形で出てくるわ。私の場合は、今は力が大分制限されているから小さくなってしまっているけど」
「これは……何か名前みたいなのあるんですか?」
「月紅石、と言う訳じゃなくて?」
「ええ、なんというか、その……能力の名前みたいな?」
「あぁ……私は特にそういった命名はしてないですけど……誰かが呼び出した名前が通名になったり、中には凝った名前を自分でつける方もいらっしゃるわね。いわゆる世間で言う中学生がつけたがる様な奇抜な名前を。若い方ほどそう言うのを付けたがるわ」
そう言って、口元に手を当てながらくすっと笑う。俺も自身がこういった能力を発現できたのならそういった名前をつけてしまいそうだ。
そこでふと気になった。影姫もウチの爺さんも月紅石を持っているという話がある。一体どんな能力を持っているのだろうか。この人なら知っているのではないのだろうか。
「影姫もこの石を一応持ってるんすよね」
「ええ」
「影姫のはどんなのなんです? 何か名前つけてたりするんですか?」
興味はある。爺さんのはともかく、影姫の物は一緒に戦うに当たっては知っておいた方がいいのではと思ったのだ。
そう言うと、理事長は困った風な表情を見せる。
「あまりこういう能力的な物は人に教えない方がいいのだけど……パートナーなら知っておいた方がいいかもしれないわね」
そう言って手を自分の方へと戻すと、理事長の指に装着された爪は微かな赤い光を放ち、指輪へと戻っていった。
「影姫の扱う月紅石を所持した武器は刀の形をしているの。色は私の爪と違って紅くはなく、見た目も普通と言えば普通の刀。武器名は『毒刀・鬼蜘蛛』。斬った相手の体を毒で冒し蝕み、腐敗させ、治癒を不可能とする刀よ」
「影姫の能力は言うんすね……」
「あくまでパートナーとして知っておかないといけないと思ったからよ。それに、影姫はその辺はあまり隠してはいなかったし、知った所で近接を種とする武器だから個人の力量でしか左右されないものだもの。それに、影姫の月紅石は……」
理事長はそこまで言うと口を噤み咳払いをした。
何かを言い過ぎてはいけないという咳払い。そういえば、影姫の月紅石の説明の冒頭部分を思い出すと少し違和感を感じた。〝影姫の扱う月紅石を所持した武器は〟と言う部分だ。一体どういうことだろうか。
しかし、そんな事を考えても俺に分かるはずもなかった。
続いて頭に浮かんだ感想は、結構えげつい物持ってるんだな……と言うことだった。
自分は霊験灼たか|なものではないと言っていたが、そこまでとは。どちらかと言うと、名前といい能力といい悪役が使いそうな武器だ。それが、影姫に対する石のイメージなのだとしたら人物的にもかなり危険なのではとまで思ってしまう。
でも、治癒を不可能とさせると言う能力を聞くと一つ合点するものもある。恐らく影姫は今まで、何らかの方法でその刀を体内から取り出して屍霊を退治していたのではないだろうか。治癒が出来ないとなると、首を切り落としてそれで終わるってのも考えられる。
「ただ、影姫が扱う石は特殊なの。彼女自身に対するイメージではなく、彼女を刀人として作り上げた妖の刀匠が、彼女の為に作り上げた妖刀で、名前も彼女が付けた物じゃない。いわば、使う者と使われる物というより、兄弟のような物ね。だから影姫が別の石を使おうとしても刀の再現は無理なのよ。彼女自身の本来の月紅石の力は私も見た事がないわ。使えるのかどうかも分からない」
なるほど、だから俺に対しては自分で教えず、理事長に使い方を教えるように依頼をしたわけか。
しかし、また一つ引っかかった。理事長は見た事がないと言っているが、先程の咳払いから察するに何か知ってるんじゃないかと思えてくる。隠す意味は分からないが。
「そして、彼女が普段持っている鞘は元々その鬼蜘蛛の物なの。だから、自身の体と融合した鬼蜘蛛のせいで鞘がないと存分な力を出せないと言う訳なの。鞘に関しても何とかしないといけないわね。昔ちょっと小細工して持ち運びやすくしたのに元に戻っちゃって……」
ここにきて俺の知らない情報をいくつか教えてもらう事が出来た。影姫も教えてくれないと言うわけではないのだが、面倒くさがってなかなか説明してくれないからだ。いつも「鞘がない鞘がない」と騒ぐだけで、なぜ力が出せないのかよく分からなかったが、これでようやく謎が解けた。
「あまり多くの人が知っている事ではないから、他言は駄目よ。契約者だけが知ることを許される事実もあるから」
笑顔で釘を刺される。もちろん、俺としても他人に言うつもりはない。というか、今の俺だから聞いて信じる話であるが、他言した所で信じてもらえるかどうかも怪しい話である。
しかし、ここまで知っていると言う事は古い友人なのだろうか。そこまで年を取っているようには見えないが……。
というか、影姫自身実際何歳なんだろうか。俺はそれすら知らないな。
「教えていただいてありがとうございます」
俺のその言葉に理事長がコクリと一つ頷く。
「次は月紅石についてよ。月紅石より引き出される力は大きく分けて三種類あるの」
「三つ……」
「一つ目はさっき私が見せた『武装型』。武装型は武器に加えてその武器固有の能力が付与されるわ。次に、二つ目は使用者が本来より持つ能力を限界以上に引き出す『強化型』。そして、そのどちらにも属さない『特殊型』。三つ目はその名の通り特殊ね。過去には扱う人も数人いたのだけど、現状、特殊型を扱う人間を私は知らないわ。陣野君はどのタイプかしらね」
どうなのだろうか。下手をしたら、どのタイプどころか扱えずにダメでしたって言って終わるかもしれない。
それにもし、自分が強化型だったらどうなのだろうか。俺はこれといって得意な事もなければスポーツや武道が出来るわけでもない。何の特徴もない俺が強化された所で変化など起こらないのではないだろうか。
まさかゲームがうまくなるなんて事ないだろうし……。
武装型にしてもそうだ。何らかの武器になったとしてもそれを扱う技術が俺にはない。月紅石の能力を発現できたとしても、俺は戦う事が出来ないのではないだろうか。




