1-5-5.やっと本題【陣野卓磨】
最終更新日:2025/3/2
カウンターの方へ戻る桐生の背中を見送る一同。調理場の中へ消えて姿が見えなくなると、兵藤と七瀬が息もぴったりと同時にこちらを向いた。
「さぁさぁさぁさぁ、忘れてたわけじゃないのよ本題だけどさ! 昨日も起きた目玉狩り連続殺人事件っ!」
口を開いたのは兵藤であった。やっと本題か。この店に来てから無駄話だけでかなりの時間が経過している。時計を見ると、それだけで優に二十分は経過しているだろう。
俺は目の前に置かれた無炭酸のコーラをズズズっと吸いながら、恐らく俺には興味がないであろう話を聞き始めた。ただし、昨日の事件にそのような奇妙な名前がついているとは知らなかった。俺はニュース系の番組をあまり見ないため詳しくは知らないが、おそらくテレビなどで面白そうな名前をつけて騒いでいるのだろう。
「実は、七瀬のお父さんが刑事をやってるんだけどさ、そこからの情報よ!」
バンッ! と兵藤が軽く机を叩く。机の上に置かれた食器類がガチャリと小さな音を立ててわずかに揺れた。
その音に、俺の視界に入っていたマスターの肩がビクッと一瞬震えた。無駄に大きな物音を突然立てて老人を脅かすものではない。
それにしても、刑事が捜査情報を漏らしてもよいものかと疑問に思いながらも、少し興味を引かれた話に耳を傾ける。
「シーッ! 他の誰かに聞かれたらまずいわ……いつどこにゴシップ記事の記者が潜入してるか分からないからね」
七瀬が少し身を乗り出し、指を口元に当てながら、首を動かさずに視線だけで慎重に辺りを見回す。その視線の先を同じように追うと、昼時であるにもかかわらず店内に他の客はあまりいなかった。
店内にいるのは、カウンターの向こうで雑誌を読みふけっているマスターと掃除をしている桐生、そして俺たちが注文の品を待っている間に店に入ってきた強面の二人の男性客が一番奥のボックス席にいるだけである。どう見ても記者には見えない者たちばかりであった。
「そう、私がお父さんが夜中に電話しているのを盗……いや、壁を筒抜けて自然と聞こえてきてしまった情報!」
七瀬が目を閉じながら小さく頷き、壁に耳を当てる仕草をする。
盗み聞きしたのか。感心しない行為である。
そう言いつつ七瀬が大きめの声を張る。客が少ないとはいえ、一緒にいて恥ずかしいので、あまり大きな声は出してほしくない。
すると、先ほどの七瀬の言葉の中に一つ疑問が浮かんだ。
ん? 待て。連続殺人事件? 単独の事件ではないのかという疑問である。
昨日、刑事が我が家に来た際にはそのような話はなかった。もちろん、刑事が捜査情報を一般市民に容易に漏らすようなことはしないと思うが、そうした素振りすら見られなかった。
俺があまりにニュースに疎いのが主な原因だろうが、そうした事件の片鱗すら耳に入っていなかった。
「え? 連続?」
霙月も同じことを感じたようであった。ただし、霙月のそれは俺と異なり、口から言葉として発せられていた。
すると、七瀬が自慢げに語り始めた。
「え!? あんた達ワイドショーであんだけ騒がれてんのに知らないの!?」
兵藤も驚きの表情を見せる。俺はテレビといえばアニメやバラエティしか見ないため、あまり知らなかった。霙月も昔からテレビに張り付く印象はなく、俺と同じく普段から世間の事情には疎い印象があるため、ニュースの内容自体をあまり知らないのだろう。
「お前、その年で春休みにワイドショーとか張り付いて見てんのかよ……おば……」
「うっさいわね! それだけじゃなくてSNSとかネットニュースとかでも結構出回ってるわよ!」
何度も話が別の方向に逸れつつも、兵藤たちの話を要約すれば以下のようであった。
どうやらこの事件の被害者は、現時点で御厨を含めて三人いるらしい。少し離れた場所に住む大貫という名のOL、始業式で亡くなったとの話があった教師で禿頭の小枝もこの事件の被害者であるらしい。それも、三人ともここ一週間ほどの短期間に殺害されているそうだ。
口には出さぬが、俺としては小枝が死んだことは正直嬉しかった部分もあった。
以前、小枝から暴行を受けたことがあった。他の教師の指示で動いていたのに突然蹴られ罵倒されたり、必要以上に大声で何度も恫喝されたりしたからだ。
どの学校にもいるだろう。不良生徒には媚びへつらい、弱い生徒を見つけると自分のストレスを発散させるために暴力を振るう悪質な教師。こいつがその典型であった。
そして次の話。ここからは一般には公開されていない情報らしい。被害者三人の遺体の状態についてであった。
聞くと、いずれも俺が目にした御厨の亡骸と同じ状態であったようだ。そればかりか、その姿は少し前に自殺した伊刈早苗《いかり|さなえ》の最後の姿に酷似しているらしい。
俺や霙月はもちろん、七瀬や兵藤も伊刈の件を直接目撃していないものの、伊刈の亡骸を見た生徒から聞いた姿と一致しているというのだ。
その話を聞いていると、今でも思い浮かぶ御厨家のあの光景。
目の前のテーブルに置かれた食べかけのイチゴパフェに垂れているソースやアケビタルトを見ていると気分が悪くなり、グラスの中で光を反射するコーラも何故か赤くドロドロして見えてきた。昨日の一件から日が浅いため仕方ないことではあるが、早く忘れたいのに、嫌な記憶を呼び戻される。
そして次の話。事件の現場では、三件とも特定のインターネットサイトが開かれていたらしい。媒体はスマートフォンやパソコンなど統一性はないそうだが、それは俺も耳にしたことのあるサイトであった。
俺自身はそのサイトを開いたことはないが、その存在は知っていた。恐らく学園中の生徒がその存在を知っているだろう。
それは……。




