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おんりょうめもりー ~死人達の記憶と刀の少女~  作者: ぎたこん
第1部・第三章・鬼の少女と赤マント
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3-6-2.兄妹喧嘩は突然に【霧竜守影姫】

「燕、米が机にこぼれとるぞ」


「うん……」


 千太郎の言葉に対して返事はするものの、我ここに在らずで聞いているのか聞いていないのか分からない様子である。それを見かねた千太郎が箸を置いて話し始めた。


「なぁ燕、ワシも何が起きたかは影姫から聞いたが、起こってしまった事はもうどうしようも無いじゃろう。ここはじゃな、友人の無事を祈り、今できる事をするしかないんじゃないかの」


 友人の無事……か。千太郎も燕の友人が既に殺されているのは知っている。この言葉をかけるのも辛いだろう。だが、一時の希望でも持たせてやろうと言うのが親心というものか。しかし、この声かけの仕方は危険。諸刃の剣。


 燕がゆっくりと千太郎の方を向く。


「今できる事って……何?」


「そ、それはじゃな……とりあえず、いざという時に動ける様、御飯をきちんと食べて体力をつけるとか……」


「祈って何とかなる事なの? 仮に何か進展があったとして私に声がかかるの?」


「いや、だからそれはじゃな……」


 案の定の質問である。諭すはいいが、その先の事を考えていなかったのか。千太郎はあいも変わらず詰めが甘い。こういう質問が返って来よう事は容易に予想できそうなものであるが。


「燕、友人の事を心配するのは分かるが、今ここで何を考えてもどうにもならない。それにそんな燕を見ていると、私達も燕の事を心配してしまう。悩むなとは言わないが、答えの出ない事があるのなら相談くらいはのる。だから一人で悩むな。悩むのならばそれを共有し、一緒に悩んで解決策を見出みいだしていこう」


影姉かげねぇ……」


 燕の表情が少し和らいだ。

 これ以上余計な事さえ言わなければ食事の時間くらいは普通の過ごせるだろう。

 と思ったのだが、私も詰めが甘かった。


「そうだぞ燕。いつもの飯を貪り食う獣の様な姿を見せてくれないと兄としても心配だ。赤マントの事は俺達に任せてとりあえず飯を食え」


 普段こういうことにはあまり口を挟まない卓磨が珍しく口を開いた。

 そんな卓磨に対して燕が私から卓磨に視線を移すと、無表情にその顔を見て箸を勢いよく机にたたきつけた。揺れる机と音を立てる食器がその衝撃を物語る。


 余計な事を言ってからに……。

 千太郎も「この馬鹿」と言わんばかりの顔で箸を持つ手を止めて視線を卓磨の方へと向けている。


「任せろ?」


「あ、ああ……」


 燕の剣幕に卓磨も余計な事を言ってしまったかと少し引き気味である。

 卓磨に後悔先に立たずという諺を叩き込んでおくべきであった。


「何を任せろって言うのよ! 優美ゆうみちゃん、目の前でさらわれたんだよ!? 私、目の前にいて、助けてって言われたのに動く事も出来なかったんだよ!? 小山さんも……私は見てないけど、殺されて血まみれになってたって話で……!」


「それは知ってるけど……」


「だから知ってるからどうしてくれるのって言ってんのよ! 今から犯人捕まえて友達助けてくれんの!? 出来ないでしょ!! お兄ちゃんに何が出来んのよ! 自分の方が年上だからって、私の事馬鹿にしてんでしょ!」


「す、すまん、そんな怒る事……怒らせるような事を言ったつもりは無かったんだが……」


「いつもそうじゃん! 自分は何もしない癖にいつもいつもいつもいつも!! 炊事洗濯掃除に買い物、ほんど私とお爺ちゃんがやってんじゃん! 最近は影姉だって手伝ってくれてるのに、お兄ちゃんはいつも遊んでるか寝てるかばっかり! そんなグータラに何任せろって言うの!?」


「い、いや、これからは気をつけるから……」


「気をつけるって何を!? その言葉何度目よ! いつも三日坊主で終わりじゃん! 結局私とお爺ちゃんがやってんじゃん!? 嘘ばっかついてさ、そんな人のどこを信用しろって言うのよ!」


「だから謝ってるじゃないか。次はやるから……」


 卓磨の口から小さく呟きが洩れる。いつもこう言って逃げていたのだろう。

 私はまだ日が浅いから耳にした事はないが、今まで幾度となくこういう光景が繰り返されていたのであろう。


「その言葉も何度目よ!! いい加減にしてよ! 私だってやりたい事、沢山あるのに……ホントいつもいつも……自分勝手も大概にしてよ!」


 溜まっていた感情が爆発してしまったようだ。

 幼いながらに今まで苦労をしてきたんだろうというのが伝わってくる。それに引きかえ卓磨ときたら……家事を率先してやってくれる妹と祖父に甘えてサボり癖が身に染みてしまったのだろうな。

 少し涙ぐんで叫ぶ燕のその姿は、まるで不安を紛らわそうとしている様にも見える。そして、燕は勢いよく立ち上がると、食卓のドアへ向かってドカドカと歩き出す。


 卓磨も返す言葉が無い様で、食卓から去り行く燕を見る事も出来ずに黙ってしまった。


「もういいよ! 馬鹿! アホ!」


 バタンと勢いよく閉められた扉の振動がこちらにまで伝わってくる。

 こうなってしまっては、いったん気持ちが落ち着くまで放っておくしかないだろう。


「俺、何か悪い事言ったかな……?」


 私と千太郎は揃って溜息をつく。思っている事は同じのようだ。


「阿呆、繊細な年頃なんだよ。言葉は選べ……。それが出来ないなら余計な事は言うな」


「わ、悪いな。怒らせるつもりはなかったんだが……」


「それと、日頃の行いと言うやつじゃな。あまり言いたくは無いんじゃが、もう少し兄として手本になる様な生活を心がけた方がいいじゃろうな」


「……ごめん」


 その卓磨の呟きに対して再び溜息が洩れる。


「私達に謝っても仕方ないだろう。今は聞く耳もたんかもしれないからそっとしておいた方がいいと思うが、タイミングを見て燕本人に謝るんだな。後は行動で示せ」


「ああ、分かった」


「その分かったを今後の行動に移せればいいんだがな」


 その後は特に会話もなく三人とも食事を終えた。

 食卓には燕の食べ残しが残されており、見ると鰈の煮付けには手がつけられていなかった。味付けには自信があったのだが、食べてもらえなかったのは少々残念だった。


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