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おんりょうめもりー ~死人達の記憶と刀の少女~  作者: ぎたこん
第1部・第三章・鬼の少女と赤マント
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3-6-1.夕食【霧竜守影姫】

 部屋に漂う煮汁の良い香り、今日の夕食はかれいの煮付けである。今夜は私も夕食を作るのを手伝った。こう見えて包丁さばきには自身がある。刃物の扱いは慣れたものだ。


 そうして出来上がった料理を、私も卓磨もぼそぼそと食べている。今日の食卓は何処か少し暗い。いつも賑やかと言う訳ではないが、いつにも増して暗いのである。

 口に物を入れながら喋るのは、行儀の良い事とは言えないが、私も卓磨も燕も喋らない。

 

 千太郎はというと、別室で電話をしている様で今は食卓にいない。燕を見ると、箸と茶碗は手に持っているものの一行に食が進んでいない。その様子は空を見つめる様で、心ここにあらずという雰囲気ふんいきであった。


「どうした燕。早く食べないと冷めるぞ」


 私がそう促すと、ハッと気が付いた様に「うん」と小さく返事をして、茶碗から米を数粒つまんで口に運ぶ。


 どうも、友人が目の前でさらわれた事が精神的に堪えている様だ。

 こんな状況でその友人がその後に殺されたなどと言えるものだろうか。いや、とてもじゃないが言う事が出来ない。明日になれば学校か情報媒体か何かで分かる話だとは思うが、今はそっとしておくのが無難であろう。

 燕の気持ちを考えると、私の口からはとても言えない。それは卓磨も同じ様で、視線を移すとこちらもまた元気がある様には見えなかった。


 そして、赤マントと同じく、頭の中で記憶の花が一輪二輪と咲く様に、次第に思い出した事がいくつかあった。過去に滅し切れなかった幾つかの屍霊だ。


 他にも何体かいたはずで封印された場所は迄は思い出せないが、この地の付近の何処かであったはずだ。思い出した屍霊は赤マントを含めて五体いた。


 今回、なんらかの形で封印が解かれた、女児を主に狙う殺人怪人『赤マントの怪人』。

 人の体に蛇の下半身を持つ、気持ちの悪い姿をした『姦姦蛇螺かんかんだら』。

 七人の屍霊の怨念を一つにまとう、七体で一つの屍霊となっている『七人ミサキ』。

 各地の学校を転々と移動する、子供達の怨念を一糸に纏った『花子さん』。

 後は私の身を砕いた謎の多い屍霊『八尺様はっしゃくさま』……。


 恐らくこいつ等が、その変貌した姿形や力の大きさからして〝厄災〟の力の破片を大きく受け継いでいるのだろう。そして私やイミナの失われた記憶の片鱗を力として利用していると思われる。こいつ等を倒せねば、姿を隠した厄災の人造神の対処はどうにもならない。


 しかし、術を使えない今、七人ミサキや花子さんのような物理系では近寄り難い強力な屍霊が出てきた時に、私は対処し切れるだろうか。

 いや、しなければならないのだ、なんとしてでも。この世界にも術を使える者はいくらかいたはずだ。そこで卓磨を修行でもさせれば……時間は無いだろうが簡単なものくらいなら……。


 そして五体の中でも、特に蛇が苦手な私は姦姦蛇螺は早々に始末したい。蛇が苦手……そう、蛇が苦手なのだ。私はなぜ苦手になった。思い出せない。

 私の中でも特に失われた部分が多い〝元いた世界での刀人になる前の記憶〟に含まれているのだろう。

 今は蛇を見ると嫌な気持ちになる。ただそれだけだ。嫌いだから触りたくないとか近寄りたくないとか、そう言う気分ではなく、殺したい、と言う気分になってくる、


 千太郎が誰かに電話をしているいのも、そいつ等の封印に関しての事だろう。どいつもこいつも花子さん以外は、十年以上前に封印された奴等だ。今回の赤マントの怪人の様に、人々や然るべき団体から忘れられて結界が解かれるなんて事も無いとは言えない。


 そんな事を考えていると、千太郎が電話を終えて戻ってきた。

 何も知らぬ様な雰囲気ふんいきを漂わせつついつも通りの平然とした顔で自分の席に着くと、手を合わせてから箸を持ち、夕食を食べ始めた。

 そして、何かに気付いた様に私達の顔を見回す。


「どうしたんじゃ、皆暗い顔して」


 大体の事情は察している癖に、とぼけた顔でよくいう。


「俺はいつも通りだけど」


 卓磨も口を開く。確かに卓磨はいつも暗めなのでややこしいといえばややこしいのだが、それでも言葉とは違い暗い気がする。いや、いつもは根暗と言った方がいいのだろうか。


 燕はと言うと、虚ろな目で機械の様に少しずつ食事を口に運んでいる。

 さすがに千太郎も、その姿を心配そうに見やるのであった。


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