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おんりょうめもりー ~死人達の記憶と刀の少女~  作者: ぎたこん
第1部・第三章・鬼の少女と赤マント
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3-5-3.マスターの挙動【砂河秋夫】

「この石は今日は無理そうだな。後日撤去だ」


 引き抜かれた棒のあった場所の中央には大きな丸い石が鎮座している。

 とてもじゃないが今いる作業員達と道具ではどかす事ができなさそうだった。


「そうだな。さすがにこんなでかいの運べんわ。ここだと重機持ってくるのも手間かかりそうだし、ドリルかなんかで粉砕して小さくしてから運ぶか」


 そして作業員が残された石を背にこちらに戻ってくる時であった。石の下の隙間と、棒が引き抜かれた後の穴から何か赤い煙の様な物が噴き上がっている。そしてそれは一気に噴出すと、宙でモヤモヤとした塊となった。


 その塊は人の顔とも髑髏ともいえるような形をかたどったかと思うと、苦悶の表情を浮かべ空の彼方へと消えていった。それを眺める俺の顔を、二人の作業員が不思議そうに見ている。


「な、何だ?」


「どうした、変な顔して」


 俺がよほど間の抜けた顔をしていたのか、二人が声を掛けてきた。二人は背を向けていた為に煙を見ることはなかっただろうから、俺が見た物は見えていないだろう。


「い、今、あの石からなんか変な煙が……それに紙が……」


 俺の言葉に不思議そうな顔をして二人の作業員が石のほうを振り返る。だが、既に煙は消えた後でそこにあるのは大きな丸い石のみ。もう目に見える変化は何一つ見えなかった。


「なんだ、何にも無いじゃないか。脅かしてんのかぁ? それとも疲れたのか? ははっ」


「おいおいバイト君、まだ片付け作業あるんだから頼むぞおい」


 二人は笑いながらすれ違いざまに俺の肩を叩くと、他の作業員が作業している廃材置き場の方へと戻っていった。


 今見た赤い煙はなんだったのだろうか。最後に見えた顔の様な塊の表情を思い出すと、何かすごく言い様の無い不安が胸にこみ上げてくる。とてつもなく嫌な予感がするのだ。

 だが、その予感が何なのかが全く分からないし想像もつかない。こんな事は今まで生きてきてはじめての事である。


 この日の作業は何のトラブルも無く最後まで終える事が出来た。やはり俺が疲れていて幻覚か何かを見ただけだったのだろうか。

 こんな不思議な体験をしたのは始めてであった。だけど、その後に何も無かった以上、先ほど見た件に関して気にしすぎても仕方が無い。俺はこの事を忘れる事にした。いや、もうあんな気持ちになりたくないので思い出したくないだけだったのかもしれない。


◆◆◆◆◆◆


 そして、そんな事があってから三日が経った。

 今日はいつもの喫茶店でバイトをしているのだが、店内には珍しく客が多く忙しい。


 注文を一通り取り終えカウンターへと戻ると、マスターが奥で何やら電話をしている。店の電話ではなく自分のスマホでだ。マスターが店内で自分のスマホを使うのは珍しかった。というか、俺はマスターがスマホを使っているところを見るのは始めてであった。


「ああ、地主の白鞘から管理を任されていた人には何かあったら中頭なかがみさんの方へ連絡するようにと言ってあったんじゃが……ああ、例の目玉狩りの食事処の一件で……そうだ、その中にいたらしい」


 狭いカウンター内だ。聞こうとせずとも会話がこちらまで聞こえてくる。

 見た感じ、電話はまだ時間がかかりそうなので、俺が注文の品を作ろうと思い冷蔵庫を開ける。


「昨日、事件を聞いて慌てて見に行ったら……そう、結界が跡形も無く壊されとった。廃屋も取り壊されとったから恐らくは……」


 聞こえてきた会話の内容に手が止まる。

 廃屋……結界……まさかな。考えすぎか。


「赤マントの犯行と思われる被害者はもう三人出とるらしい。水を選んだ子がいたり、連れ去りが多いから正確な数とは言えんが……うむ……過去に殲滅しきれなかった数少ない屍霊の中の一体じゃ、早急に対処せねば被害が……いや、或谷は今……」


 マスターはそこまで言うと、俺がカウンター内に戻って来ているのに気が付いた様で、少し視線をこちらに向けると、慌てて奥の部屋へと入って行ってしまった。

 一体誰と何の話をしていたのだろうか。前はなかったのだが、今年に入ってからマスターがよそよそしく電話をしている事がたまにある。


 だが、俺とは関係の無い事だろうし、気にしても仕方が無い。今は注文の品を仕上げるのが最優先だ。

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