3-5-2.撤去作業【砂河秋夫】
「よし、じゃあ後はあれだけだな」
廃屋は取り壊され、そこに残っているのは積み上げられた廃材だけである。
そして、丸い石のある例の一角。そこに業者の人が近寄り、周りに立てられている棒に手をかける。だが、両手でぐいぐいと揺らし引っ張るものの、なかなか地面から抜ける気配が無い。
「あれ、思ったより深いな。根っこでも這ってんのか? ぐぬぬ……」
一人の作業員が引き抜くのに手間取っていると、別の作業員がその様子を見てそちらへ近寄って行った。
「おい、何やってんだ。早くしろよ。チンタラしてたら日が暮れちまうよ」
「いや、思ったより深く刺さってるみたいでよ。なかなか抜けねーんだ。根っこでも這ってんじゃねぇか」
作業員の言う通り、見た感じ手を抜いているとか言う気配は無い。力いっぱい棒を引き抜こうとしているがビクともしないのだ。あんな細い棒、深々と地面に刺さっていたとしても、屈強な男が引っ張れば抜けるか折れるかしそうなものなのに。
「あーん? 年で力弱ったんじゃねーのか? こんくらい、よっと……!」
もう一人も棒に近づき、引き抜きに挑戦するものの、一向に引き抜ける気配が無い。棒は根が深く這った木の様に一ミリたりとも持ち上がる気配は無かった。
「はっはっは! おめぇも抜けねぇじゃねーか。なーにが年のせいだよ」
「う、うるせぇな。この縄が邪魔なんだよ! 先に切っちまおう」
そう言って作業道具が積まれているトラックに戻り、圧力ペンチを持って戻ってくると、太い縄を挟みそれを切断しだした。ペンチに力強く挟まれ、縄がギリギリと音を立てている。
「ぐぐっ……細いくせになかなか固いな。古そうな縄だし簡単に切れると思ったんだが……」
だが、グリグリとペンチを回しながら切断する手を止めない作業員の攻撃に、縄も次第に紡がれていた藁が一本、また一本と切れていく。ギリギリと音を立てて少しずつ切れていく縄。
「もうチョイ! せいやぁ!」
作業員が両手に力を込めて圧力ペンチを握り締める。
ブチン! と大きな音を立てて縄が切れた。同時に、とき放たれて踊る様に、ぐるぐると回転しながら縄が四本の棒から外れていく。その遠心力で編まれていた藁が飛散し、縄の中に包まれていたものが露になった。
縄の中には赤い布が丸めて結われて通されていたようだ。それがパサリと地面に落ちる。
「おおっと! 外れた外れた」
暴れる縄を二人の作業員が避ける。しかし、俺はその光景に違和感を感じた。暴れまわる縄から露になった赤い布から黒い靄のような物が撒き散らされたように見えたのだ。埃か汚れか何かが飛んだだけなのだろうか。
普通に考えればそうなのかもしれないが、俺の目には埃には見えなかった。
「よし、棒抜くぞ。コレで抜きやすくなったはずだ」
二人の作業員がそれぞれ別の棒に手をかけて引っ張ると、それは先ほどとは打って変わって、するりと地面から引き抜かれた。
「なんだ、やっぱ縄のせいだったのか? 偉く簡単に抜けたな」
「だなぁ、なんだったんだ、さっきの硬さはよ」
そのすんなりさに拍子抜けした二人が続いて残りの二本も引き抜きにかかると、その二本もえらくすんなりと引き抜かれた。
作業員が目もくれず投げ捨てた棒が、カラカラと音を立てて廃材置き場に転がった。音のする方を見ると、同時に投げ捨てられた縄についていた紙垂がみるみるうちに赤く変色して朽ちていった。
まるで止まっていた時を動かされ、その時を一気に駆け抜けたかの様に。二人はこの現象に気がついていないようだった。




