3-4-1.白を選んだ子は【陣野卓磨】
「あれ? おかしいな。画面がつかないぞ」
電源ボタンを押してみたり画面をタッチしたり指でスワイプしてみたりするが、真っ黒な画面に変化が見られない。
「お前は私をおちょくっているのか!? それは伊刈のスマホだろ! 見れば分かるだろ! この阿呆!」
手にしたスマホは傷だらけだ。そう、伊刈のスマホだった。
別に七瀬刑事に電話をするのが嫌な訳ではない。どうも影姫には冗談と言うものが通じないようだ。
「あ、悪い悪い。影姫が急かすからだろ」
わざとらしく伊刈のスマホをテーブル上に戻し、自分のスマホに手を伸ばす。
イライラする影姫を横目に、スマホの画面をつけて七瀬刑事の電話番号を表示すると通話ボタンを押す。
呼び出し音が鳴るが、なかなか出ない。普通のサラリーマンなら仕事が終わっている時間だが、刑事という仕事はこの時間でも忙しいのだろうか。
「出ないのか?」
影姫がまだかまだかとこちらを見ている。
「ああ、忙しいんじゃないかな。出ないんじゃ仕方ないし、やっぱり飯の後で……」
そこまで言いかけた時、呼び出し音がプツッと止まり何か慌しい声が聞こえる。七瀬刑事の声だけではなく複数人のざわめく声だ。
『あー、おいっ! そっちそっち!』
やはり何か忙しそうだった。電話口の向こうはどうやら外の様で、電話には出てくれたものの何かを指示する大声がいきなり聞こえてきた。
『……もしもし、七瀬だが』
「あ、陣野です。こんばんは」
『どうしたこんな時間に。ちょっと立て込んでるんだが……おい! 何やってんだ! 現場はもう撮ったんだろ! 先に下ろせ先に! アホ! 血ですべる奴があるか! 何やってんだ間抜け! シートでもかけとけ!』
何やら慌しく仕事中の様子だった。遠くからは女性の声で「すみませんー」と言う声も小さく聞こえてきた。指示を出している時は電話から口は離しているようだが、大声がこちらまで聞こえる。影姫もそれが聞こえているのか、視線を向けると目が合った。
忙しそうなのに時間をとらせるのはまずいんじゃなかろうか。やはり時間をずらして……。
『すまんすまん、で、何だ? 軽い用事なら後にしてほしいし、急用でも要点だけで早く済ませてほしいんだが……』
「何かあったんですか?」
『ん? まぁ……あまり俺から言うのはあれなんだが……首吊りだ。中学生の。いや、首吊りなのか……まぁ、一応首吊りだな……自殺ではなさそうだが……あ、いや、まぁあれだ』
普通ならこういうことは答えてくれないのだろうと思って駄目元で聞いてみたが教えてくれた。というか、口を滑らせた感じであった。だが、何か歯切れの悪い返事が返ってきた。一応首吊りとはどういう状況なのだろうか。
「首吊り? でも、電話口で血とか何とか……」
『ああすまん、しまったな……聞こえてたか。いや、どうるるか……うーん……」
なにやら悩んでいる様子の七瀬刑事。何を悩む事があるのだろうか。
聞いておいてなんだが、普通なら口外できないとピシャリと断るべきなところだ。
「七瀬、屍霊が出たかもしれない。だから聞きたい事がある」
そんな歯切れの悪い七瀬刑事の受け答えを聞いて、影姫が横から口を挟んできた。
すると、七瀬刑事は「えっ」と驚いたような声を発して話し始めた。
「手首と足首が四本とも切られてて血が根こそぎ抜かれてる…………ちょっと人間業とは思えん状況で……おい待てよ、ちょっと待て。まさか君がこのタイミングで電話してきたと言う事は、またコレはソレなんじゃないだろうな!?』
七瀬刑事の声がこもって大きくなる。周りに聞こえないように小声で受話部分を手で覆ったのだろうか。
「えっ……血が根こそぎ……」
そして、七瀬刑事のその説明に俺は絶句した。
先ほど燕から聞いた『白を選んだ子は吊るされて血を抜かれて殺される』と言う言葉そのものだったからだ。
「いえ……そう言う確証を持って電話をしたわけじゃないんですが、なんと言っていいか……それに関してって事になるかもしれないです」
『そうか……ちょっと待ってくれ。人のいない所に移動するから。 おい九条! 鑑識終わったみたいだし、俺はちょっと外すから指示頼むぞ!』
七瀬刑事の指示の後に、遠目に「了解っす!」と九条さんの声が聞こえてきた。
「大声は聞こえるんだが、もうちょっと私にも聞こえるように出来ないのか?」
影姫がスマホを覗き込んできた。
「ああ、出来るけど……」
俺はそう言うとスマホをスピーカーホンモードに切り替えた。これで二人で聞く事が出来るし、話す事も出来る。そしてそのまま待つ事数秒、再び七瀬刑事の声が聞こえてきた。




