3-3-1.亡き彼女達の遺品【陣野卓磨】
「うーん……」
目の前のテーブルに置かれているのはスマートフォンと腕時計。
どちらも俺の物ではないのに俺の部屋にある。
誰かに借りたとか、誰かがウチに忘れていったという代物でもない。文字通り俺の物ではないのだ。なぜ、ここにある。
「何を唸っているのだ? 普段は悩みなんて無さそうな気の抜けた顔をしている癖に。まさかトイレにも行かずそこで気張ってるんじゃないだろうな。そういえば臭いぞ」
影姫が向かいでミニ栗饅頭をつまみながら鼻をクンクンと嗅ぐ仕草をしては、こちらを一瞥する。
「アホか。失礼な奴だな……何で自宅の自室で大便漏らさにゃならんのだ。俺だって悩みの一つや二つあるわ」
そう吐き捨てると再びテーブルに視線を戻す。
そこには画面がひび割れて電源も入らない壊れたスマホと、使い古されて所々鍍金が少し剥げている女性用の腕時計。普通の物なら、俺の部屋にこんな物があった所で唸るほど悩む事も無いだろう。だが、これらの品は普通ではなく特別である。屍霊を沈めた物品だからだ。
時計はともかくとして、スマホの方は改めて見ると俺の持っているスマホと同機種であった。俺もスマホの機種変更は買ってもらった当事から全くしていないが、まさか同じだったとは、あの時は気付かなかった。
「恋愛の悩みとかか? 悪いな。そういった悩みの相談は私には……烏丸さんにでもしてみてはどうだ? 最近あまり会話して無いだろう。彼女なら……」
「ちげーよ!」
いや、俺だって年頃だし彼女は欲しい気もするので違う事もないと言えば違わないのだが、今はそれが原因で唸っているわけではない。
「なぁ、これ、もう処分してもよくないか? 俺が持ってても、もう意味なさそうだし……時計も先生に返してもいいんじゃないかな」
スマホがうちにある経緯は以前の通りだ。腕時計はというと、呪いの家から出る時に泣きじゃくる先生を九条さんが連れて行った時に忘れていったのを影姫が拾ってきたのだ。
何度かは先生に返そうとは思っていたのだが、いつも学校に持っていくのを忘れて俺の家に置きっぱなしになり返せずにいる。
柴島先生は鴫野と一緒に灰になってしまったと思っているのかして、あれから特に腕時計の話はしていない。
屍霊の話に関しては九条さんに口止めされたらしく、その話題も一切することも無かった。
「あれから目玉狩りも赤いチャンチャンコも完全に姿を消したし、いらないと思うなら捨てればいい。それが嫌なら本来持つべきと思う人に返せばいい。私は卓磨の判断に任せるよ」
影姫の素っ気無い返事が返ってきた。
二つとも影姫が持って帰って来たと言うのに、なんなんだろうかこの態度。俺が一人で悩んでいるのが馬鹿らしくなる。お前が持ってきたんだから、お前が行けよお前が、と思ってしまう。
「いやぁ、でも他人の物を勝手に捨てるのはなぁ……やっぱ返す方がいいかなぁ。でも、それだと伊刈のスマホはどうする……?」
そう言い、チラチラと影姫のほうを見ていると、優柔不断な俺の態度に業を煮やしているのか、明らかに不機嫌そうな顔になっている。
「卓磨、そういう優柔不断な所は治した方がいいぞ。私は私の意見は言ったし、他人の意見ばかりに流されているといつか痛い目を見るぞ。自分で一度これと決めたならそれに従え。それが嫌ならアミダクジでもして決めるんだな」
「ちぇっ。そういう影姫だって他人任せじゃないか」
「何か言ったか」
ボソッと聞こえないくらいの小さな声で言ったつもりだったが、聞こえていた様だ。地獄耳め。
しかし、アミダクジねぇ……。捨てる捨てないの二本のアミダクジなんてやってもしょうがないしなぁ。
あれからこの二つの物に触っても何も感じないし見えない。映像が見えたのは屍霊が出没していたあの時だけだった。時計は先生に返すとしても、スマホはどうだろう。
廃品回収やメーカー回収に出せば跡形もなく壊されるだろうが、それはそれで何か心に残る物がある。いっそのこと、伊刈の遺品として桐生にあげた方がいいだろうか。しかし、ゴミを押し付けるみたいで俺としてもあまり気分がいいわけじゃないし、ありがた迷惑になるのではなかろうか。思い出なんてものは、物が無くても心の中に残っている訳だし。
「あ、それとちょっと聞きたい事があるんだけど」
「なんだ」
「話は変わるんだが、屍霊に殺された人達についてなんだけど……」
「それがどうした」
影姫が目の前に置かれた湯飲みを手に取り、お茶を飲み干す。
俺の疑問は答えるには難しいかもしれないが、思いつくのは簡単な事だ。屍霊に殺された人が、また屍霊になってしまうなんて事は無いのか。という疑問だった。




