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おんりょうめもりー ~死人達の記憶と刀の少女~  作者: ぎたこん
第1部・第三章・鬼の少女と赤マント
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3-2-2.赤か白か青か【服部優美】

「うっさいわねぇー。じゃあ赤でいいよ赤で。そのハサミいくらで売るつもりよ。値札も貼らないで商売しようなんておっさん馬鹿なの?」


「……」


 枝里子がからかう様に男に声をかけるが、それに対する返事はない。

 ただただ、地面に並べられている商品と思わしきものを眺めながら沈黙を貫いている。


「……なによ、黙り込んじゃって。ま、元々買う気なんてさらさらないけどねー」


「うんうん、それにその格好なに。コスプレ? すっごいダサいんだけど、そんな格好で街中うろついてて恥ずかしく無いんですかね? じゃあ私は青でいいわ。優美は残りの白でいいよね」


 枝里子に続き、有里も色を選んで答える。逆撫でしないでと言ったのに、相手が言い返さないのをいい事に二人は言いたい放題である。


 しかし、相手の一体この質問に何の意味があるのだろうか。何度も聞いているうちに私達に物を売りつけようとしている様には見えなくなってきた。二人が色を選んだ後は、俯き声も一言も発さずにジッとしている。


「え? ああ、うん。何でもいいけど……じゃあ白で……。何か電波悪いのかな。電話繋がらない……」


 スマホを耳から離し画面を見ると、アンテナのマークは最大で電波が悪いというわけでもなさそうだ。念の為に番号の確認もするが、警察の番号など間違えるはずも無く、なぜ繋がらないのか分からない。耳に当てたスマホからはただひたすらノイズの様な雑音が流れてくるのだ。


「ほらぁ、選んでやったんだから何か喋ったら? 動画撮影のドッキリだったらドッキリでそれでいいからさっさと終わらせてよ。私達だって暇じゃないんだからっ」


 枝里子が更に男を煽る。


「ちょっと、枝里子……あんまり……」


 そして、困惑する私を余所に、私達のその言葉を聞き終えた露天商は並べられた物の内から赤いハサミを手に取り、ゆらりと立ち上がり始めた。しかしその様は、立ち上がると言うより、上半身が浮かび上がりそれに下半身がぶら下がってついていくかのようで不自然な立ち上がり方だった。その姿が不気味で見ていると背筋に寒気が走った。

 手に持たれたハサミは理容師が使うようなデザインの指を引っ掛ける突起の突いた細身のハサミだった。


「な、なによ……」


 枝里子がその不気味な姿を見て、一歩後ずさりする。

 流石に他の二人もこの異様な雰囲気に気圧されてきているようだ。


 突如吹いた風に揺られて微かにたなびく男のマントは、見事なまでに真紅に染まっている。隙間から見え隠れするマントの内側が目に入ると、すごく気分が悪くなった。中からはなんとも言えないドス黒いおぞましさを醸し出すオーラの様なものが流れ出ている様に感じたのだ。


「赤を選らんだ子は……」


 妙に低いしゃがれ声が今までとは別の言葉を発した。

 発する言葉と同時に徐々にこうべをあげてこちらに向く顔。その顔に被せられたドクロの仮面のにぽっかりと空いた目の穴の奥にあるはずの瞳が一切見えない。完全な影となり、僅かな赤い光だけがぼんやりと浮かんでいる。

 この人には目があるのあろうかと思わせるほどの闇。その吸い込まれそうな仮面の穴の奥に広がる闇は底知れぬ恐怖を感じた。


「切り刻まれて血まみれになって殺される」


 男がその言葉を発し終わったその瞬間だった。手に持つ真っ赤なハサミが瞬時に巨大化する。続いて中央の止め具が外れたかと思うとハサミは二つに分離し、それはまるで二本の剣の様になった。

 両手に持たれた二つの剣の形がおぞましく姿を変えていく。それはまるで人の骨を組み合わせたようなデザインで、見ているだけで吐気を催してきた。

 夕日を浴びてキラリと光る両手に握られたそれぞれの刃が、何の前触れもなく振り上げられる。

 それは何の躊躇もなく、すさまじい速さで枝里子に振り下ろされた。


 ドサッ、と音を立てて地面に落ちる二つの腕。

 恐る恐る剣が振り下ろされた方を見ると、枝里子の肩から先がなくなっている。右も左もだ。


 その動作にはまるで迷いがなかった。

 私はもちろん、斬られた当人も含めて、三人とも唖然としているしかなかった。そして何がなんだか分からなかった。叫び声を上げる事すら出来なかった。ただただ恐怖が全身を包み込み、震えてその場に立ち尽くすことしか出来なかった。


 振り下ろした刃を自分の下に引き寄せた男の手は、その大きな剣を意図も簡単に振り回し始めた。

 残像を残しながらすさまじい速さで枝里子を切り刻んでいく。

 足、頭、体、次々と切断されていく。肉片が増える度に飛び散る血が、私や有里に一滴二滴と降りかかる。


「血まみれになって殺される」


 再び放たれたその台詞と共に、片方の剣が地面に転がる枝里子の胸であった体のパーツの左側部分に突き立てられた。

 何が起こっているのか分からない。斬られた枝里子自身も何が起こったか分からなかったであろう。断末魔の叫び声を上げる事も出来ずに斬り刻まれた枝里子は、もう何も理解する事の出来ない体になってしまっている。

 枝里子の胸に突き立てられた巨大な剣を見ると、脳に留めたくもない様な状況が一気に流れ込んできて、声も出なくなり膝が震えだした。男がハサミを引き抜くと枝里子の体から僅かに血が噴出す。


 その姿を見て私も有里も全身がガクガクと震えている。本当に何が起こったのかが理解できず、私も有里も原形を留めていない枝里子を凝視したまま声を発する事も出来ない。

 胃が底から熱くなってくる。頭が変になりそうだ。


「青を選んだ子は……」


 再び耳に入ってきた男の声に意識を取り戻し男の方を見ると、手にしていた二本の剣はいつの間にか跡形もなく消えており、手には青い鎖のついた巨大な鉄球が持たれている。

 それも露店に並んでいた時とは違い、鉄球部分が頭蓋骨のように見えた。鎖の反対側には足枷あしかせのようなものがついている。そう、まるでさっき話をしていた囚人の足枷の様に。


「え? え?」


 理解できない状況に私も有里も、視線を泳がせる。


「い、いやあああああああああああああ!」


 倒れた枝里子、自身や男に浴びせられた返り血を見る。ようやく何が起こったか理解できた有里が、手に持つ鞄も放り投げて叫び声を上げて走り出した。


 『逃げる』……頭をよぎったその単語。

 私も逃げなければ。そして続いて頭に浮かんだ言葉は『殺される』。有里の叫び声で一気に我に帰り、心臓の鼓動も一気に早くなり爆発しそうになる。逃げる有里の背中を視線で追い、慌てて私も足を動かす。


「ま、待ってよおおおおお!!」


 必死に走る。全速力で走る。目の前を走る有里を追いかける様に転びそうになりながらも逃げ出す。

 だが、全速力で走る私の横を一人の赤い影が軽々と追い越して行った。


 それは先程の男だった。なんという早さだ。重そうな鎖鉄球を手にしたまま地面を蹴り、まるで飛ぶ様な走りを見せて、みるみるうちに前を走る有里との距離を詰めていく。


「重りを付けられ水に沈めえられて殺される」


 瞬時にして有里に追いついた男は、そう言うと有里の襟首を掴み、少し屈んで足にバネを効かせると大きく飛び跳ねた。


「いやああああああああああ! 助けて! 助けてえええええええ!」


 捕まれて上空へと引っ張られていった有里はなすすべもなく連れて行かれる。手足をじたばたさせているが、男はそんなこともお構い無しに有里を持ち上げている。


「有里! 有里ぃ!」


 手を伸ばすものの、はるか上空へと連れて行かれたその姿に届くはずもなく、呆然と見ていることしか出来なかった。


 大きく飛び跳ねたその男は赤いマントをたなびかせながら、へいを、家の屋根を、電柱を次々と足がかりにして跳んで行き、見る見る間に遠くへ消えてしまった。


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