3-2-1.怪しい露天商【服部優美】
「赤がいい? 白がいい? それとも、青がいい?」
部活終わりの学校の帰り道、今日は珍しく誰ともすれ違わない。
友達と三人で喋りながら、いつも帰宅で通る曲がり角を曲がった時だった。ボロボロの赤いマントを羽織り、ドクロのような仮面をした嗄れ声の男が突如声を掛けてきたのだ。
男は露天商の様で、座り込むその前には赤い布が敷かれ品物と思われる物が並べられている。並べられている品物は三つあり、赤いハサミ、白いロープ、青い鎖のついた鉄の玉……漫画などでよく見る足枷の様な物だった。
「ちょと……何この人」
「無視よ無視。変質者よ。後で警察に連絡した方がいいんじゃない?」
男は見るからに小汚い。友達二人は小声でそう言いながら露天商の男を一瞥しつつ、足も止めずに通り過ぎる。
「優美、止まっちゃ駄目だって」
枝里子が、一瞬立ち止まってしまった私に小声で注意するが、立ち止まって商品を見た時に露天商の男と一瞬目が合ってしまったような気がした。
仮面の奥に隠された目からは、何か底知れぬ恐怖を感じた。
見た瞬間、身の毛がよだち全身に寒気を感じたのだ。
二人の足が少し早足になると、それにつられて私も追いつこうと足を早める。チラッと後ろを確認すると、露天商の男はその場に留まり俯いたままでこちらを気にせず、視線をくれる様子も無い。
「優美。駄目よあんなのに気とられたら。後で何されるかわかんないよ?」
「そうだよねー。しかも何よあれ、あんなモン売って買う人いるの? って感じよね」
「ホントそれなー。値札も付いてなかったし、仮にハサミとロープはともかくとして、あの鉄球は何よ、何に使うのよ。まるでほら、あれ、漫画とかで囚人が足につけてる鉄球みたいだったじゃない」
「だよねー。あはは」
枝里子と有里は先程の男を小馬鹿にする様に話している。
私はどうしても先程の男が気になってしまった。何かとてつもない、見てはいけない人物であったのではないだろうかと。
「ねぇ優美、聞いてんの?」
「え、うん」
男から離れた今も、先程感じた恐怖が心から拭い取れない。枝里子の言葉に返事はしたものの、そこから来る不安で二人の会話もあまり耳に入ってこなかった。
そして、そのまま少し歩き次の曲がり角を曲がった時だった。
「え?」
有里が驚きの声を上げた。何事かと思い、私も曲がり角を曲がり視線の先を見てみると、先程通り過ごしたはずの露天商がそこにいたのだ。全く同じ格好、同じ品物を並べて。
「赤がいい? 白がいい? それとも、青がいい?」
先程と同じトーンで語りかけてくる男に驚きの様子を隠せない様で、慌てて辺りを見回す二人。私も曲がった角を少し戻り、来た道を確認するも、先程男が陣取っていたであろう場所には誰もいなかった。
ここは先程この人を見かけた場所ではない。確かに私達は道を進んでおり、見回す風景も違う。いつの間に追い越されたのだろうか。私達より先回りする道なんてあっただろうか。仮に遠回りして走って先回りをするにしても、こんなに早くこの場に陣取れるものなのだろうか。そうであったとしても荒い息一つついていない。と、幾つもの疑問が頭に浮かび上がってくる。
「キモッ……もしかして変態? これ以上付きまとったらホントに警察呼ぶよ?」
有里が男に卑下の言葉を投げかけるが、その男はまるでそんな言葉が聞こえてないかの様にピクリとも動かない。ただ俯いて並べられた商品を眺めつつ、私達に変わらぬ口調で同じ言葉を投げかけ続ける。
「赤がいい? 白がいい? それとも、青がいい?」
同じ言葉を繰り返すだけの相手に、枝里子と有里は明らかに苛立っている。私はその様子を見ていることしかできなかった。
「ちょっと、こいつ私達が相手するまでつけてくる気なんじゃないの?」
「げ、もしそうだったら超うざいんだけど……警察呼ぶ? でも、警察来る前に逃げられたら……あ、ちょっとまって、ひょっとしたら動画サイト投稿用の撮影で悪戯か何かじゃない? じゃないとこんなのないって」
「まじ? 面倒臭いなー。でも大手の投稿者さんだったら一緒に写真とか取りたいかも」
「絶対そうだよ、こんな凝った事するって。でも万が一があるから警察を……」
枝里子と有里がヒソヒソと男に聞こえない様に会話している。
私は、目の前にいる男が二人が言うような存在ではないと思っていた。男の羽織っているマント、男のつけている仮面が、どうしてもそんな安っぽい作り物に見えなかったのだ。かと言って特撮ドラマに出てくるような適役みたいな作り物の感じもしない。男が身につけている衣類の赤色の部分が妙に……。
これ以上はなしかけてはいけない、これ以上関わってはいけない。
そんな気持ちが溢れ出てきた。
「優美、私達が相手してる間に警察呼んでよ」
枝里子に不意に声をかけられ戸惑ってしまう。警察に電話をするのは、何もしていないが気が引けるからだ。
それ以上に、一刻も早くこの場を離れたかった。二人は何も感じないのだろうか。
「え? 私が?」
「そうよ。こんな奴に毎日ウロウロされてたら怖いじゃん。仮に動画投稿者さんだったとしても無関係の人を巻き込むのはあまりよくないし」
有里も私を後押しする。
「うーん、わかったよ。あんまり相手を逆撫でる様な事、言わないでね」
「わーかってるって。第一コッチは三人いるんだし、何かあっても大丈夫よ。ほらほら早く」
少しの不安を抱えつつも、有里の提案を受け入れスマホを取り出す。男は私達のヒソヒソ話が聞こえているのかいないのか、依然同じ姿勢を保ち続けている。
「赤がいい? 白がいい? それとも、青がいい?」
ただ、その耳障りな言葉だけがまた紡がれていた。




