3-1-1.消える事の無い炎【一色正造】
燃え盛る炎、立ち上る黒煙。気がついた時にはもう、唸り声を上げる炎の魔の手はすぐ傍まで迫っていた。
俺はテレビを見ながら酒を呑んでいて、知らぬ間に眠ってしまっていたようだった。古い建物で木造の我が家は、火がつけば回りが速い。しかし、うちは誰も煙草を吸わない。なぜこんな夜中に火の手が上がるのだ。
朝、一日の始まりに財布を盗まれ、夜、一日の終わりにこれだ……なんて日だ。
「青依!! 真白!! 義父さん!!」
せめて何とか、家族の命だけでも助けねば。そう思い煙にまかれながらも部屋を出る。
今いる場所は三階。父さんは足が悪い為、一階で寝ていたはずだ。父さんはなんとか先に逃げていると信じて、妻と娘を……。
身を屈め、煙を避けながら廊下を進む。喉が痛い。息をするたびに喉の奥に焼付く様な痛みが走る。次第に目も痛くなり、涙が出てくる。
外に誰かがいれば、俺と真白は駄目でも娘の青依くらいは窓からでも逃がせるはず……。
炎をかいくぐり、なんとか辿り着いた妻と娘の寝ていた部屋は、夏の暑い日に締め切って冷房を入れていたせいか煙が充満していた。そして床を見ると、妻と娘の二人が倒れていた。ピクリとも動かない。見た所二人とも息をしていない様に見える。一気に嫌な圧迫感がに胸を押しつぶされそうになる。
「嘘だろ!? 死ぬな!! 返事してくれ! ゴホッ!」
駆け寄り妻の胸に耳を当てるが、心臓の鼓動が聞こえてこない。娘も同じく胸の辺りが上下して動く気配が無い。息をしていないのだ。
「ゴホッ!ゴホッ! 来週一緒に海に泳ぎに行こうって約束したじゃないか! 頼む! 起きてくれよぉ!! 一緒に、一緒に逃げるぞ!?」
何を話しかけても返事がない。聞こえるのは轟々と燃え盛る炎の音と、パチパチと弾ける火の粉の音だけ。薄く細く開かれた目には生気が感じられず、ただただ空を見つめている。
手遅れだった。俺が財布を盗まれた事に苛立って深酒さえしていなければ、もっと早く気が付いていたかもしれないのに……。悔やんでも悔やみきれない。
家族との楽しかった思い出が頭を駆け巡る。手をつき膝を突き涙を流している間にも火の手は拡大していっていた。
「くそおおおおおおお!! ゴホッ! 娘はまだ六歳だぞ!! まだまだこれからなんだよぉ!! 来年から小学校に通うのをすごく楽しみにしてたんだ!! 俺達が何をした!! 何をしたって言うんだ!! 誰だ!! 誰なんだよ! 火をつけた奴は!!! 何の権利があってこんな事をしやがった!!」
そうしている間にも迫り来る炎。次第に炎が自身をも取り囲む。もはや自分が逃げる隙間もない。
「ゴッフォ!! ゲフッ!!」
逃げる? 一人で逃げてなんになる。妻が、娘がいない世界に逃げて何になる。俺一人で生きていけるのか? 大切な人を全て不条理に失っての人生など考えられない。義父さん、生きているのだとしたらすまない……俺はここで……。
熱い、痛い、苦しい……意識が遠くなる……。
薄れ行く意識の中に残るのは悲しみではない。火をつけた奴に対する憎悪、怒り、復讐……。そして、なぜこんな事をしたという疑問。
許さない、絶対に……。許さんぞ……。
◇◇◇◇◇◇
燃え上がる炎と共に、水が蒸発する時の様に沸々と蘇る記憶。記憶と共に湧き上がってきた憎悪が全身を支配する。全身が炎に巻かれ、俺の頭の中が黒く染まっていく。黒い黒いドス黒い憎悪と後悔。
ユルサナイ ゼッタイニ。
ミナゴロシニシテヤル。




