3-0-0.プロローグ
熱い……熱い……熱い、熱い熱い!
息が苦しい、呼吸が出来ない。肌が焼けるように痛い。
なぜだ、なぜ俺は闇に蠢く炎の中を駆け回っている。
妻は? 娘は? 義父さんは何処へ行った? ここはどこなんだ?
家に、家に帰りたい。家族の声をこの耳で聞きたい。家族の姿をこの目で見たい。
なのに、見えるのは留まることなく燃え盛る炎、聞こえるのは炎が放つ轟音。
[三人は死んだ]
不意に聞こえる嗄れた暗い男の声。
聞いた事の無い声だ。俺に話しかけているのだろうか。
嘘だ。三人が死ぬ理由が無い。三人が死んだという証拠が無い。
それに俺は生きているなのになぜ家族だけが。
生きている……?
俺は本当に生きているのか?
意識はあるが、そう考えると急激な不安と恐怖が押し寄せてきた。
徐々に蘇ってくる記憶。
今、自分の周りに蠢く炎がなぜ自分を包み込んでいるのかが頭に蘇ってくる。
そうだ、火事……火事だ。火事で俺達は……。だが、なぜ俺には意識がある。もしかして俺はあの燃え盛る炎の中、死ななかったのだろうか。いや、あの業火の中俺だけが助かるなんて事あるものか。
だとしたらこれはなんだ。今考えている俺は誰なんだ。
[お前も死んだ]
なら何だ、目に見える炎に包まれた場所はっ。肌に感じるこの熱さは!
抑え切れない怒りと憎しみの感情は……! まさか地獄か!?
[地獄ではない]
なら何処なんだ! 何でもいい、教えてくれ! 俺をここから出してくれ! 家に帰りたいんだ! 家族に会いたいんだ!
[お前は焼かれて死んだ。お前の家族も焼かれて死んだ。非が無き日常を送っていたお前達は、無様に焼かれて殺されたのだ]
焼かれて……?
そう……そうだ、思い出したぞ……焼かれて……誰だ……誰だ俺の家に火を放った奴は……。誰だ、俺の家族を殺した奴は……! あれは明らかにウチの火の不始末じゃない! 皆寝ていたんだ! 誰かが火をつけやがったんだ!
[憎いか。火を放った奴が]
憎い。殺してやりたい。……家族がいるなら皆殺しにしてやりたい。俺と同じ思いを味合わせてやりたい……! じわじわと心の拠り所を削いでいってやりたい……!
[ならば俺と一つになれ。憎き奴等に奪われた俺の力を、お前の濁った魂で取り戻すのだ。厄災の力を受けた俺の力を……貸してやる]
一つに? 力? 誰なんだお前は。そうだ、誰なんだ?
さっきから俺に語りかけてくるこの声は。聞いた事が無い声だ。知り合いにこんな声の奴はいないぞ。
[俺は……赤マントと呼ばれている。赤いマントを翻し、世に蔓延る腐った人形どもを……血祭りにあげてやれ]
赤マントだと……子供を殺す殺人鬼か……?
噂話の……そんなもの実在するわけ……。それに……。
[復讐する力がほしくないのか]
俺が殺したいのは俺の家に火をつけた奴だけだ……。
[お前に犯人を見つける力があるのか?]
ない……。
[誰が火を点けたか、わかるまい]
そうだ。わからない……。
[ならば殺せ。怪しい奴は全員コロセ。目につく人間全員殺せ。街の人間を皆殺しにしろ。さすればいずれは……]
全員、殺す……。そうだ、殺してやる。罪のない人間の命を奪う世界など、存在する価値がない。殺して、殺して、皆殺しにしてやる。
[そうだ、殺しはいいぞ……楽しいぞ……]




