2-99-2.エピローグ②
「そういえば、今日は九条さんはいないのですか? あの人が一番思い入れあると思うのですけど」
影姫が問いかけると、七瀬刑事は影姫に視線を移し首を横に振った。
「あいつも怪我が酷かったからな。特に大腿部の切り傷。痛み止め呑んでも、動くと完全には痛みが治まらないから、治るまであんまり余計な場所に行きたくないんだとよ。まぁ、仕事休んでるんだからあんまり出歩いてもらっちゃ、こっちとしても困るんだがな」
「自分の友人との思い出の場所が取り壊されるというのに薄情な奴だな」
影姫がボソッと呟くと、それを聞いた七瀬刑事が微笑を浮かべる。
「なんだ、君はぎこちない敬語を使うより、その喋り方が君らしいな。俺と喋る時はそれでもいいぞ。はは」
影姫はしまったとばかりに顔を背けてしまった。
柴島先生はというと、またこの家を見てたら泣いてしまうかもしれないし、鴫野へ思いを伝える事はもう全てやった、鴫野に顔向け出来る様に過去をいつまでも振り返ってないで前を見たいから遠慮しとく。との事だった。
「七瀬刑事はこれからが大変なんですかね?」
俺がそう問いかけると、七瀬刑事は困ったように頭を掻いて空を見上げた。
「ああ、よくわかってんな。今回の件も目玉狩りの件もだ。事件自体は収束するものの、未だ犯人捕まらずってとこだな。いずれ世間の話題からも風化するんだろうが、アテのない表向きの捜査が続くと思うとうんざりするよ」
「ネットにはまとめ動画とか記事とか残りますよ。こういう未解決事件大好きな人、結構いますからね」
「あぁ……な。警官の俺が言うのもなんだが、素人がジャーナリストの真似事みたいな事して、大勢人の死んでる事件を金蔓にして飯食うってのはあんまり気分のいいもんじゃねぇけどな」
「よく言えば捜査協力ですよ。ネットの情報拡散は早いですから」
「違ぇねぇけどな。しかしまぁ、こういう事を考えると時効ってのはありがたかったんだなって……ああ、俺があんまりそういう事言っちゃいかんな。時効は無いに越した事は無いっ。罪を犯した者が逃げ切るなんてのはおかしな話だからな!」
フンと、鼻息荒く自分の言葉を即座に訂正するが、その表情はどこか疲れている様にも見えた。
「ご愁傷様です」
「他人事だなぁ? ま、実際君等学生からしたら他人事なんだけどな。ははっ」
大きな音と共に解体されていく家。
いくつの家族が、どれだけの人がこの家に住んだ事によって不幸になったのだろうか。だが、この土地に根付いてしまったその多くの思念は、鴫野母娘と共に全て消えた。そう感じる。
「ここってこの後、何か建つんですか?」
「ああ、当初は何も予定なくて駐車場にでもするらしかったんだがな、隣の家も事件で空いただろ? 前々からこの土地を買いたいって話もあったらしくて、地主の大家が気味悪がって安値で早急に売っぱらったらしい。どこだったかな、銀聖会かなんかとか言う病院の院長が買ったらしいが……聞いた話じゃ、隣も合わせてぶち壊して老人養護兼児童保育の複合施設になるみたいだな」
「ずっと空き家で荒れ放題になるよりは、それが良いな。ここはもう呪われた土地じゃない。今を紡いで来た人間とこれからの未来を切り開く人間が、これからの世の中を育てる為に共に過ごす。いいことだ」
影姫も頷いている。
「影姫ってたまに良い事言おうとするよな。あんまり心に刺さらないけど」
「いい事言っただろう!?」
「俺の心にはあまり響かなかったなぁ」
「卓磨は性根が悪いだけだ。根性の悪さが言葉の端々に滲み出ている。そんなだから烏丸さんがいつまで経っても……」
「あ? 何か言ったか?」
「知らんっ! 一生アホでいてろっ!」
最後の方はブツブツ言ってて聞き取れなかったが、ぷいっと俺から顔を背け拗ねた影姫を見ると、勝った気分になれてなぜかにこやかになる。七瀬刑事もそんな俺達をを見て微笑を浮かべる。
「そういやあの後、柴島先生から聞いたんだけど鴫野さん、保育士になるのが夢だったらしいんだ。今、七瀬刑事にそれ聞いて、鴫野さんも喜んでるんじゃないかなって思う」
「屍霊が滅した後はどうなるかは知らんが、それが唯一の救いだな」
「夢だったからっつって、また幽霊になって夜な夜な施設に現れるのだけは勘弁してやってくれよ……俺は幽霊は専門外だし、何かあって下らん事で警察呼ばれたらたまらんからな……」
見上げる家の背後に広がる空は、晴れて澄み切っている。付近には雲一つない。まるで、家に住み着いていた人ならざる者達の心の中から、一切の迷いが晴れたかの様に。
第二章 赤いチャンチャンコ・赤い部屋 完
第三章 赤マントの怪人・両面鬼人へ 続く




