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おんりょうめもりー ~死人達の記憶と刀の少女~  作者: ぎたこん
第一部・第二章・血に染まるサプライズ
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2-29-3.思いが通じた時には【陣野卓磨】

 ヒラヒラと舞い落ちる灰のような粒子。

 俺はこれを見た事がある……そう、伊刈が消えた時と同じ現象だ。自身に舞い込んできた真実の記憶により、恨みが、憎しみが浄化されて体が少しずつ崩れ落ちていってるのだ。


「鴫野、ごめん……私のせいで……」


 語りかける先生の声は震えている。

 こちらからは先生の背中しかいえないのでわからないが、肩を震わせ泣いているのだろうか。


「分かってた……分かってたんだ……こんな映像、見せられなくても、こんな言葉聞かせられなくても、分かってた……柴島も、九条も、母さんもお父さんみんなみんな、辛いの分かってた……辛いのは私だけじゃないって……わかってた……」


 小さな声、元の鴫野の声だろうか。変貌したその顔にある大きな口の奥から言葉が洩れるように聞こえてくる。


「誰かのせいにしないと……耐えられなくて……辛くて……苦しくて……それでも駄目で……」


「ううん、私があんな事してなかったら、もっと早く周りの騒ぎに……車に気がついてたらこんな事にはならなかった。本当に、ほんどうに゛、ごべん……! わだじが……」


「私も同じような事した事あるから、人の事言えないよ……。たける、優しいから。本当なら、親友の命を守ってくれた自慢の彼氏だって、言わなきゃいけないのに……私の方こそごめん……」


 腕の先の方から崩れ落ちていく体。片手の刃先となっていた部分は完全に灰となり床に積もっている。毛や衣服も先から徐々に白く変色していき、全身が崩れ落ちるのも時間の問題の様に見える。


 すると、柴島先生は鴫野の体から手を離し自分の腕から腕時計をはずし始めた。


「これ、その時のプレゼントなんだ。……ヒック。大分使っちゃって、ボロボロだけど、小路と私と九条からの、誕生日のお祝い。みんなの気持ち、こもってるから……すごく遅れちゃったし今日誕生日じゃないけど、十七歳の誕生日おめでとう……」


 そう言って鴫野の手首に腕時計を装着させる。それを見て、鴫野の目から更に涙がとめどなく溢れ流れ落ちる。


「これ、ずっと……欲しかった……んだ……。とんだ……サプラ……ズだね……あり……と……」


「鴫野……似合ってる」


 その言葉を聞いて笑顔を浮かべると、鴫野は柴島先生の体を引き離し、残った片腕を上方へと構える。


「私、最後にやら無いといけない……お母さん、もう……終わり……に……」


〔静香、駄目よ、惑わされては駄目よ。あんなもの、嘘よ、幻よ。信じちゃ駄目えええええ!〕


「私にとっての、唯一つの……真実……だから……っ! 親友のくれた……想いだから……っ!」


 そう言うと掲げられた手の先の刃物が一気に巨大化し天井にあった巨大な目へと突き刺さる。

 最後に振り絞り出された巨大な力が赤い部屋の目を貫いた。

 巨大な刃に貫かれた目は、声も上げずに大きく見開くと、大量の光る灰の粒子となり部屋の中に降り注ぎ消えていった。


「……アリ……ガ……ト……」


「アタシこそ……ありがと……」


 消え入る言葉の最後に感謝の言葉を口にすると、一気に全身の色を無くし、腕・頭・体・足と全てが灰になり崩れ落ちる鴫野の体。

 その最後の顔は、今まで見ていた狂気じみた顔ではなく、元の優しい顔で笑っている様に見えた。


 そして最後に、灰に取り残され宙に浮いていた腕時計が、積もった灰の上にバサッと音を立てて落ちて残る。

 まるでそこに残されていた鴫野の魂が完全に消えてしまった様に。


「柴島……」


 九条さんが声を掛けるも、先生は拳を握り締めてその体を振るわせるだけであった。


 首を切り落とす事は出来なかった。だが、大丈夫だろう。もう赤いチャンチャンコは現れない。

 それは予想でもなんでもなく、唯一つの確信だった。


 終わりはあっけない。前回の時も今回も。お互いの気持ちが通じ合った時に一瞬で終わる。

 お互いの想いを気の済むまで語る時間もなく終わってしまう。

 伊刈も鴫野も心の奥底では相手の事を信じていたのだ。ただそれを自分自身で認識できていなかっただけ。悲しい結末である事には変わりがない。


「もう、泣いちゃ、泣いちゃ駄目だよね……笑って見送ってあげないと……駄目……だよね」


 溢れそうな想いを必死に堪えるかのように柴島先生の声が震えている。


 部屋の色が次第に元に戻り、置かれていた家具や小物も陽炎の様にゆらめき消えていった。

 元の呪いの家に戻ったのだ。いや、もうこの家に呪いなんてものは微塵も残っていないだろう。何の変哲もない普通の空き家に戻ったのだ。


「う……わあああああああああああああああ!! ああああああああああああ!! なんで! なんで私が謝られるのよ!! なんで私がお礼を言われるのよっ!! 悪いのはっ私だったのにっ!! 謝るのもお礼を言うのも私の方なのにっ! わあああああああ!! 鴫野おおおおおお!!」


 堪えていたものを止めることが出来ず、膝から崩れ落ちて、床を握りこぶしで何度も叩きつけ泣き崩れる柴島先生。流れ落ちる涙は、残された灰に吸い込まれ消えていく。そして、涙を吸った灰は、少しずつ、少しずつだが、どこからともなく吹いてきた風に吹かれて飛ばされる様にその存在を消していった。


「終わったか」


 影姫が刀をしまいながらこちらに近寄ってきた。着ている制服はボロボロで所々傷だらけだ。とても明日学校へ着て行ける様な状態ではない。

 しかしよくよく見ると、この中で怪我をしていないのは俺くらいではないだろうか。いや、まだ頬はジンジンと熱い。これを怪我といっていいのかどうか分からないが。


「終わったな……」


「終わったねぇ……犯人消えちゃったし、使った弾の分は始末書かな。ははっ。でも、迷える魂を救えてよかったね……」


 嗚咽を漏らす先生を見守る三人。思う気持ちはそれぞれ違うだろうが、皆がそれぞれ寂しげな表情をしている。


 部屋が赤かった時に灯っていた電灯も床に落ちて消えており、窓から入る月明かりだけが部屋の中を照らしている。


 何も残されていない部屋に唯一落ちている腕時計だけが、窓から入る月の光を受けてキラリと輝き時を刻んでいた。

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