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おんりょうめもりー ~死人達の記憶と刀の少女~  作者: ぎたこん
第一部・第二章・血に染まるサプライズ
222/613

2-29-2.伝えられる記憶【陣野卓磨】

〔だめぇ! 静香! 早く離れなさい! 私達の幸せはまだ……! 永遠に、永遠に続く安息の一時は……!〕


 チッ チッ チッ チッ チッ チッ……


 静まり返る部屋に響く音。時計の針の音だろうか、それが次第に大きくなっていく。

 影姫や九条さんは、その音に対して不思議そうな顔をして部屋を見回している。だが、この部屋には時計がない。そう、柴島先生のしている腕時計だ。そこから音が次第に大きくなり発せられているのだ。

 時計は薄っすらと光を放っている。それが次第に部屋へと広がっていく。


「な、何だこの頭の中に流れてくる映像……」


 九条さんが頭に手をやり不思議そうに宙を見つめている。それは九条さんだけではない様だ。俺にも見えている。影姫の方を見ると、影姫にも見えている様だった。


 そして……。


「あがあああああああ!?」


 鴫野のその声を最後に沈黙が続き、部屋には時計の針の音だけが鳴り響いている。


 手首に感じる不思議な感覚。爺さんから貰った数珠も、先生の腕時計と同じ様な僅かな光を放っている……。


 ◇◇◇◇◇◇


「ほら、これだよこれ。よかったー、まだ売れてなかったみたいで」


「どれどれ? ……あー結構可愛いじゃん。鴫野もいい趣味してんねー。でも、高校生のアタシ等からしたら高いわね……」


 小路と柴島先生だ。ブランド店のショーケースに飾られた腕時計を見ている。金色に縁取られ、革のベルトがついた小さな女性用の腕時計だ。

 さっき俺はこれを柴島先生に渡された。そして、今見ているのとは別の記憶を見た。

 その記憶も、今見ている映像の前に流れて見る事が出来た。


「その点は大丈夫だ、俺も短期のバイトして金稼いだし、九条もほら、こんなに出してくれたんだぞ」


「え、マジ!? あのケチな九条が!?」


 小路が見せた財布の中身を見て柴島先生が驚いている。


「それに、高いからみんなで別々のプレゼントじゃなくて一つにしようって事にしたんだろ? 三人で出せば、まぁ、安いもんさ。だが、俺が一番多く出す。鴫野は俺の彼女だからな。九条が出してくれた金は、余った分はパーティー費用だ」


「はー、妬けますねぇ。アタシもアンタみたいな一途な彼氏が欲しいもんだわ」


「俺は鴫野と一生を添い遂げるつもりだぜ。この時計はそれへの第一歩だ! 貧乏学生で自分一人でのプレゼントといかなかったのは情けないが、皆との友情の絆にもなるじゃぁないかっ」


「はぁ、よくも恥ずかしげもなくそういう事言えますな。まぁ、応援してますわ」


「そんくらい好きだって事だよ。で、あいつが欲しがってるものだし、﨑に売れちまったら元も子もないからな」


 そのクサい台詞に苦笑いをするも、二人とも楽しそうであった。

 それは鴫野の幸せを願う笑顔。鴫野に届かなかった悲しい笑顔。


 ………。


 そして、場面は変わり、別の映像が流れる。


「鴫野、アタシ決めたから。アタシ、教師になる」


 腕時計を手に、寂しげな表情を見せる高校時代の柴島先生だ。

 その表情の中にも決意を決めた意志の強さを感じる。


「この時計、アンタに手にしてもらう事できなかったけどさ―――どんなにアタシの事を怨んでても憎んでてもいい。見てて……アタシ、悩んでる生徒とかいたら絶対助けてみせる。アンタみたいな結果に絶対させない為にね」


 柴島先生の自室であろうか。独り言を呟く先生の背中が見える。


「ホントはアンタのこと一番助けたかったんだけど、それが出来なかったから……でも、アンタの代わりにって訳じゃないよ。これは私の意志、私の決意。アタシは性格からして小さい子苦手だからアンタの夢だった保育士は無理だけど、教師になって一人でも……」


 目から流れ落ちる一筋の涙が机の上に落ちる。


「ねぇ、どうして死んじゃったのよ……ちゃんと訳を聞いてくれればこんな事にならなかったかもしれないのに……馬鹿……ホント馬鹿だよ……小路も鴫野もホント……あの時アタシが轢かれてれば小路も死ななかったしアンタも苦しんで死ななくて済んだのに……九条はああ言ってくれたけど、私は……私は……」


 柴島先生が腕時計を手にしてからの想いが伝わってくる。どれだけ苦しみ葛藤してきたかが伝わってくる。鴫野静香に伝えられなかった事、伝えられなかった思いが伝わってくる。

 屍霊となった鴫野静香本人にもこの映像は見えているのだろうか。


 その後も様々な映像が走馬灯のように流れ、次第に消えていく。


 ◇◇◇◇◇◇


 過ぎた時間、過ごした時間、後悔に打ちひしがれる時間、様々な時間を柴島先生と共に見てきた腕時計の記憶が、皆の心の隙間に入り込んでいるのだろうか。


 チッ チッ チッ チッ チッ チッ……


 そして、誰もが言葉を発さず動かぬ間に、その時計の針の音は次第に小さくなり消えていった。まるで自分の役目を終えたかの様に。


「ア……ア……ア……」


 見ると、鴫野は抱きしめる柴島先生にもたれかかる様にピクリとも動かなくなっていた。真っ赤に染まっていた目は次第に元の色に戻り大粒の涙をボロボロと流し、力なく体を預ける鴫野の体からは徐々に灰の様な物がヒラヒラと舞い落ちていた。


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