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おんりょうめもりー ~死人達の記憶と刀の少女~  作者: ぎたこん
第一部・第二章・血に染まるサプライズ
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2-29-1.赤い部屋の主【陣野卓磨】

 鴫野の頭だけがグルリと回り急にこちらに顔を向けられる。


「柴ジマ、アンタは確実ニ死ネよ」


 駆け寄ろうとした柴島くにじま先生に、鴫野しぎのの巨大な五本の刃が、いきなりの冷たい言葉と共に水平に振られた。

 視点の定まらない真っ赤な目玉、これまでとは違う口調。


 今まで叫び声しか上げていなかった相手が、先生の名前を口にした。

 自我があるのだろうか。もしかしたらさっき俺が見た記憶が影響して、少しだけ戻りつつあるのかもしれない。だが、言葉からしてもそれは負の部分だけだ。このままではいけない。


「ひっ!」


 ガガガガガキィィン!!


 先生の口から漏れた声と共に聞こえた金属音。九条さんがそんな鴫野の様子に気がついたのか、寸出で先生に駆け寄り、空を切る巨大な刃を鉄の棒で受け止める。

 先程の回転攻撃のダメージもあり、太い鉄の棒は今にも折れてしまいそうだ。力ずくの押し合い状況、鉄の棒は長く持たないだろう。


「くっ……!」


 振られた五本の刃のうちの下一本が防ぎきれずに太ももに食い込んでいる。上四本を止めた事もあって刃の勢いは落ちていた様で傷は深くなさそうだが、スラックスに滲み広がる血が生々しく痛々しい。


「九条君……!」


「くぅー……ハッ! ……なんだか知らないけど、柴島が何とかできるってんなら早くしてくれないかな? 僕も正直体力限界来てるんだよね。これ以上は楽しんでも居られなさそうだよ」


 苦痛に顔をゆがめながら九条さんが柴島先生に語りかける。


「駄目だヨ。死にナ。お前も、お前も、お前もお前も。赤い部屋に入ッタ時点で二度と出れズニ死ヌんだよオ、オオオオオ、オオォォォォ」


 鴫野が再生中のもう片方の腕を振りかぶる。影姫に折られ再生中で刃が短いとはいえ、人を殺すには十分であろう。


「やらせんよ!」


 九条さんに気を取られた鴫野に、すかさず後ろから、振り上げられた腕に向けて影姫が刀を振り下ろす。

 振り下ろされた刀は鴫野の手の中指と薬指の間に深く刺さり、手の平を引き裂いた。


「グウウウウウウウウウウウ!! ガ! ガガガガ!?」


 刀は中指と薬指の間の肉を裂き、ガキンという鈍い音を立てて手の甲の途中で止まる。ぱっくりと切られた傷により、刃の重みに耐え切れず、裂けたその部分から左右に崩れ、だらりと垂れる刃のついた指。頭を小刻みに震わせながらその様を見る鴫野。


「くっ、骨まで鉄の強度なのか!? これ以上刃が進まんっ」


 影姫が驚きの表情を見せ刀を引き抜こうとした瞬間、影姫の目の前の空間が歪み、赤い光が爆発する。


〔大人しくシテロ〕


「なっ!?」


 鴫野の母親だ、たまにしか出てこないが、ここぞと言う時にことごとく邪魔をする。


 吹き飛ばされ壁に激突した影姫が床に沈む。


「姿も見せずに卑怯な奴め……」


〔卑怯はどちらだ、二人がかりで静香にランボウして……ソレニ私はずっと姿をミセテいる。この家そのもの……私が受けた力……憎い奴も、入ってくる奴も、近づいた奴も、ミンナころした。次はオマエラだ〕


 母親の言葉と共に天井に巨大な目が一つ現れた。その不気味に見開いた巨大な目は、血管を血走らせ部屋をギョロリと見回し自分の存在を指し示した。


〔私タチの場所を奪うナ。私達の場所に近づクナ。ココは私と静香ダケノ場所。私達に害を及ぼす奴等は皆、シネしね死ねしねしね!〕


 再び部屋の中にあるありとあらゆる物がガタガタと震えだした。


「い、家なんてどうやって退治するんだよ! 家に首なんてあるのか!?」


 俺の叫び声に影姫は苦しそうな表情を浮かべつつもチラリと視線をこちらへ移すが、返事をする事は無い。


 だが、その時だった。フッっと空気が動く。


 皆がその目に注目し、母の出現によって鴫野静香もが動きを止めた時だ。

 九条さんが止めた刃に怯んでいた先生が、前に飛び出して硬直していた鴫野の体を抱きしめていた。力強く抱き寄せられる鴫野の体。同時に鍔迫り合いをしていた腕の力が緩んだのか、九条さんも刃を弾き返して地面に崩れ落ち膝をつく。


 抱きしめられた鴫野静香はというと、力なく両腕をだらりとたらし、身をくねらせてその抱擁から抜け出そうとしていた。傷口から血が吹き出すも、そんなものお構い無しに。

 逃げたいけど逃げたくない、頭の中で本人と屍霊がそんな葛藤をしているかの様に。


「死ね死ネ死ねぇよおオお!!」


 鴫野が鋭い刃の様な歯で先生の肩に何度も噛み付いている。しかし、その目には薄っすらと光る物が見えた。目の光沢ではない。赤い眼球の脇に微かに光る一筋涙。それは赤い部屋に灯る明りに照らされ血の様にも見える。


〔静香ぁ! 駄目よ! 離れなさい! 早くはなれナサイ!〕


 母親の声もその光景を見てうろたえている。

 天井にぶら下がっていた吊り下げ電灯が根元から抜けて柴島先生の頭上へと落下する。


〔 離れろぉ! 薄汚い泥棒猫が!〕


「い……つっ!」


 先生が着ているジャケットに、噛み付かれた部分から点々と血が染み出してくる。電灯がぶつかったせいか、頭からも更に血が滴り落ちてくる。駄目だ、このままじゃ駄目だ。助けないと……!

 このままじゃ先生の体がもたない。


「コッチくんんあ!! コッチくんな……よ……」


 再び手を振り回そうと腕を振り上げようとする鴫野。


「鴫野っ! 鴫野鴫野鴫野! アンタは鴫野静香なの! 正気に戻って! 私が、私達があれからどんな思いをして生きてきたか……っ! 本当の事、実際の事を知って欲しいのっ!」


 最初は暴れていたものの、柴島先生の言葉を聞いて次第に鴫野の腕が力なくだらりと垂れ下がる。


「あ……うう……」


 声は、今迄のおぞましい響きのある声から、次第にその濁りが取り払われ、普通の声に変わっていく。目からは次々と涙が零れ床へと滴り落ちていく。


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