2-27-2.腕時計の記憶②【陣野卓磨】
ドンッ!
耳に残る嫌な鈍い音と共に、押し倒される体。その上へと車が乗り上げ、容赦なく押し潰して壊していく。
そして暴走車はそのまま轢いた体を引きずり、偶然通りかかったごみ収集車に激突した。避けようとして急ハンドルをきったのか、暴走車はそのまま横転しその動きを止めた。
残されたのは転がる肉塊。血まみれのぐちゃぐちゃで、もはや生きてはいないだろう。
「へ……?」
誰かに突き飛ばされ地面に倒れこんだ柴島先生が、何が起こったかわからず辺りを見回している。聞こえるのは野次馬達や轢かれたが生きている人達の悲痛な叫び声や呻き声。
血溜りの上に転がる肉塊は先程まで柴島先生と歩いていた小路の成れの果てであった。柴島先生を助ける為に自身が犠牲となってしまったのだ。
柴島先生の横に落ちている紙袋からは、丁寧に包装されたプレゼントの小箱がその姿を覗かせている。それと横転する車を、何が起こったかもわからず無表情に何度も視線を往復させる先生。
そして、先程まで一緒に歩いていた人物と同じ服を着た肉塊を発見するとそこで目の動きが止まった。
手に持っていた携帯電話は地面に転がり、耳から外れたイヤホンからはその事故現場にはそぐわない軽快で激しい音楽が流れ出ており、場の空気を奇妙なものに変えていた。一瞬の静寂が訪れる。ほんの一瞬だ。誰もがその光景を目にして固唾を飲んでいた。
そして辺りに響く救急車と警察を求める声に気がつき、表情が徐々に悲壮感を増してくる。
倒れている血まみれの人。その服装。目にした物を頭の中で繋ぎ合わせて、何が起こったかを理解するのに時間はかからなかった。
「いやああああああああああああああ!!」
あれほど熱心に弄っていた携帯電話も手で弾き飛ばし、はいずりながらも小路に近づく。
「小路! 小路君!! ねぇ! ねぇってば!!」
見る影もないその姿を揺さぶりながら必死に声をかける。血まみれになる手、顔は涙やら鼻水やらでぐちゃぐちゃになっている。見ていて辛い。
だが、全身が傷だらけで体もいたる所があらぬ方向へと折れ曲がっている小路が返事をすることは無かった。半開きとなった光のなくなった濁ったその目は、ただただ宙を見つめるのみである。
今俺が見ているこの光景を、鴫野もどこかで見ているのだろうか。
鴫野はこの光景を見て何を思うのだろうか。
「何で!? どうして!? 何があったの!? ねえってば! 返事してよ!」
柴島先生の悲痛な問いかけが俺の心を締め付ける。
手がわなわなと振るえ、血に染まった自分の手を見る目から光が消えていく。
「アタシが……アタシのせいで……や、やだ……嫌だよ……」
手の震えが全身へと伝わっていく。友人にかけられた注意も聞かず、取り返しのつかないをしてしまったという後悔の念に囚われているのだろう。
「やあだあああああああああああああ!」
辺りに響くその声に、周りの人間達も声をかけることも出来ずに見ているだけであった。




