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おんりょうめもりー ~死人達の記憶と刀の少女~  作者: ぎたこん
第一部・第二章・血に染まるサプライズ
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2-25-3.不意打ち【霧竜守影姫】

「それでは行こう。もたもたもしてられない」


 リビングを出る為のドアについている赤いすりガラスの向こうに、何かが動く気配は特に感じられない。

 頷く九条を横目に、部屋の取っ手に手をかける。


「気をつけてよ。いつも突然出てくるからね。僕は二回も出くわしてるのに、未だにどっから出てくるのかが分からない」


 ドアに手をかける私の後ろで九条が鉄の棒を構えている。


 よくよく考えたら、卓磨の考えを思い出すと私の方より卓磨の方が危険だ。

 私が人間として見られていないというのは少ししゃくに障るが、それはもっともと言えばもっともな話だからである。


 となると、こちらは九条で男が一人。向こうは卓磨と柴島で男女一人ずつ。しかし、血に塗られているという、これほどおぞましい領域を生み出すほどの怨念だ。そんな領域内に獲物を捕らえているのだから、もうそんな条件など関係なく襲ってくる可能性もあるが、当初の考えも捨てる訳にも行かない。


 しかし、このまま行って大丈夫だろうか。もし私が負けでもしたら……。

 そう思うと自身の刀に対する不安が自分で思っているよりも大きいのか、余計な事を考えてしまって手が止まってしまう。


「何してんの。ほら、行くよ」


 取っ手に手をかけたまま黙っている私を見かねて、九条が後ろから手を伸ばしドアを開ける。


 ギギ……と音をたてて開くドア。開いた先に見える廊下は、部屋とは違って赤く染まっていなかった。

 茶色いフローリングの床に白い壁紙。所々汚れて黒ずんではいるが、以前この家に来た時と同じ普通の色だ。 そんな光景を眺めながらドアから足を踏み出さずに立っていると、ひんやりとした空気が廊下から部屋の中へと雪崩れ込むのが感じ取れた。


「廊下に気配は無いな。やはり二階か……?」


「おや、赤いのは部屋だけか。そういや前に、赤い部屋がどうのって言ってたなアレ」


「そうなのか?」


「警察署で襲われた時にね。赤い部屋ってのはこの事だったんだなぁ」


 そう言って九条が私を押しのけて一歩部屋を出る。


 すると突然、ガキィンという鋭い金属音が響き渡ると同時に、九条の横で火花が飛び散り薄暗い廊下で光り輝いた。

 見ると、九条が鉄の棒を両手で支え、それに赤いチャンチャンコの刃が接触しギリギリと押し合いをしている。


 いつの間に現れたのか感じ取れなかった。全く気配を感じなかったのだ。


「部屋でアレだけ物音立てて襲ってこなかったんだ。もしかしたら部屋を出る時に不意打ち食らわせる為に襲ってくるんじゃぁないかと思ってたよ。あくまで勘だけどね。考えが甘いよ鴫野ちゃん。昔からサプライズが好きだったもんねぇ」


「グ……ぐ……グ……」


「仲の良かった僕等を殺そうなんて、よっぽど参ってるんだね。面倒臭い中、あれだけ説明してやったのにさ……ホント、思い込みってのは怖いよ。こんなになっちゃうんだから」


「ク……ジョウ……」


 悔しそうな声を漏らす相手に大して、九条は不敵な笑みを浮かべている。そういえば先ほども銃を撃つのに躊躇ちゅうちょがなかった。勘、戦闘能力といい、七瀬とは段違いのようだ。コイツと協力してやれば万が一にも勝ち目はあるかもしれない。


 九条が力任せに赤いチャンチャンコを押し返すと、押し返された赤いチャンチャンコはよろけて怯み姿を暗がりの中に同化させるかの如く影の中へと消してしまった。


 こちらに気が向いていなかった今の一瞬に、首を切り落とすべきだったか。いや、今の私の刀ではそれは無理だろう。もう片方の手で弾き返され折られるのがオチだ。卓磨を見つけて強度を高めた上で確実なタイミングを狙わなくては。


 そうこうしている間にも、また気配が消える。

 しかし、本当に気配が消えたのかと言う疑問が残る。今出てきた時、そこにいる感覚はあっただろうか。

 もしや、この家自体が赤いチャンチャンコと同等の存在であり、完全に家と気配が同化してしまい感じ取れていないだけなのではないだろうか。母娘のなせる業と言った所であろうか。


 となるとまだ見ぬ二匹目は、この赤い部屋を持つ呪いの家そのもの……。いやまて、考えすぎか。そんな事例、見た事も聞いたこともない。そんなものどうやって退治しろというのだ。まして、家そのものが屍霊だとすると、切り落とすべき首すらないではないか。


「あー、消えちゃったな。しっかし首を落とすんだっけ? そんなのこんな鉄の棒じゃやっぱ無理だね。首にブッ刺してグリグリすればいけるかも知んないけど、今の感じだとそれもかなり難しそうだし」


 ひょうひょうとした顔で鉄の棒を眺める九条。

 しかし……。


「九条、鴫野は仮にも昔の友人だろう。そういう、首を落とすとか言う事に対して躊躇ちゅうちょというものはないのか?」


 普通の人間なら生前の事を思い出して躊躇したり、傷つける事すら出来ないだろう。

 それがこの男はどうだ。むしろ屍霊と戦う事を楽しんでいるようにも見える。しかも相手が昔の知り合いだというのに。


「鴫野はもう十二年前に死んだんだよ。アレは化物。意識も記憶もない化物なんだ。僕だって、彼女が生前の声を彼女の言葉で聞かせてくるのなら躊躇するかもしれないけど、今は単に僕を殺しにかかって来てるんだよ? 友人であるはずのこの僕を。躊躇する必要がどこにあるんだい」


 言っている事はもっともである。だがこの男、何かがおかしい。やはり、常人とは違う精神・考えの持ち主の様に感じる。


「それに君だって僕と同じ状況だったら相手の化物を殺すだろ? 目を見れば分かるよ」


 こちらを見ながら口角を上げ笑みを浮かべる。ただ、その目は冷たく、笑っていなかった。


 私は……どうなのだろうか。殺す事が出来るのだろうか……。

 殺してきた……。殺す……。目の前で助けを求める……殺す……。


「さ、じゃあ二階へ行こうか。相手は引いたし、いないうちに進まないとね」


 何かが頭の中を過ぎったような気がした。だがそれも、九条の言葉によりかき消されてしまった。


「ああ……」


 廊下を歩き階段を上がると、いくつかのドアが見えてきた。歩いている間、何度かこちらを伺う視線を感じたが、襲って来る事はなかった。不意打ちを防がれ警戒しているのであろう。


「ここ、ここだね鴫野の部屋は」


 九条が一番手前のドアを指差す。ドアの向こうからは物音一つしない。何もないのだろうか。

 しかし、屍霊の領域だ。開けてみない事には分からないので、私はドアを開けてみる事にした。

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