2-25-2.どこまで言うべきか【霧竜守影姫】
しかし、呪いの家の中という事は、前に内見した感じだとさほど広くはないだろう。
とりあえずは卓磨を探すのが先決である。しかし、一階に他に誰かがいる気配は無い。という事は二階の部屋の何処かに飛ばされたと考えるのが妥当か。
「おい、家の間取りは分かるのか? 私も呪いの家に入った事はあるが、全てを散策した訳ではないので知っているなら教えてほしい」
「それはいいけど……君、いつもと喋り方全然違うね」
「いちいち細かい事を気にするな」
「まぁ、それはいいんだけど……それよりも気になる事があるんだけど」
「今聞かないといけない事なのか? 事は一刻を争うかも知れんのだぞ」
「うーん、答える答えないは任せるけどさ、さっきの腕から生えてた刀みたいなのなんだい? あんな長物を刀剣登録証もなしに意味無く持ち歩いてるんだったら、銃刀法違反に引っかかるよ?」
部屋に置かれていた小物を手に取り眺めつつも、視線はこちらに向けず疑問を呈す。
喋り方はともかく、刀に強い疑問を持つのは当然の事か。しかし、今はそんな事を長々と説明している場合ではない。一刻も早く卓磨と合流しなければ。
「今急ぎで話をする事でも無いだろう。説明は後だ。とりあえず他の二人と合流しなければ命が危ない」
「いやぁ、任せるって言ったけど、やっぱり聞いておかないとさ。君がアレと戦えるって言うんだったら、僕だってそれに合わせて動く必要があるよね? 何も知らないまま不用意に動いて重傷負ったり、それどころか殺されるなんて真っ平ごめんだからね」
こちらを顔を向けると少し笑みを浮かべながら問いかけてくる。この男、この状況が怖くないのだろうか。日常ではありえないこの状況、普通なら恐怖でここまで冷静かつ饒舌に喋る事などできないぞ。
しかしその雰囲気を見るに、九条は私が答えないと動きそうにもなかった。
「……私は屍霊を対峙する為に今ここにいる。仕方ない、簡単にだけ説明するぞ。刀は私が持つ固有の特別な能力、つまり身体の一部だ。今のところ、左右の前腕から一本ずつ出す事が出来る。この状況だから言うんだ。あまり人には……」
刀を発現させつつ簡単には説明をするが、今できる事全てを説明するつもりはない。なぜなら、私としてはこの男を一から百まで信用する気になれないからだ。
この男の態度や言動にはどこか引っかかるものを感じる。底知れぬ本能は隠そうとしても洩れ出るものだ。
腕から刀を出す私の姿を見て、九条が少し驚いた顔をしている。だがそれもすぐに元の笑みを含んだ表情に戻った。
「ほう、すごいね。OK、OK。人には言わないよ。限られた人しか知らない秘密を持ってるっていうのも優越感に浸れていいものだしね」
「下らん理由だ……」
「いやいや、そんなこと無いさ。しかし、僕にもそんな特別な能力があったらどんなによかった事か……とりあえず、家の間取りだね。って言っても、僕も全部の部屋を回ったわけじゃない。遊びに来て何個か部屋を見ただけだ。―――で、見た感じ……」
しかし、案の定である。出した刀が外にいた時よりも短く薄い。屍霊の固有領域で分断された事により一軒家の中という近い場所でも私と卓磨を繋ぐものが大きく阻まれているのだろう。
まるでカッターナイフの様な薄刃を見ると、こんな物で戦えるのかと自身にも少し不安が生まれてくる。刀の腹へと力が加わればいとも簡単に折られてしまうだろう。鞘が無く、卓磨もない状態だとこんなものなのか。これではすぐにへし折られてしまう。
そして私の回答を聞き終わり再度部屋を見回す九条。
「リビングだね。一階リビング。向こうにキッチンがあるだろ? 絶対そうだ。昔、皆で料理を作ろうってなって僕はここでハンバーグを作ったんだ。いいよねハンバーグ。なにより、作る時に捏ねる肉の感触がいい」
そういいつつキッチンらしき方向を指差す。
全てが赤すぎて私にはよく分からないが、この男には分かっているようだ。
しかし、この前の七瀬とは全然違う。七瀬はすごく恐怖を露にしていた。だがこいつはどうだ。冷静そのものなのは口調だけではなく、判断力も削がれてはいないように感じられる。何か、何か分からないが、人としての違和感を感じる。
「しかし僕も何か武器がないといけないな。銃は全く効かなかったようだし。本当に打撃は効くの?」
そう言うと九条は辺りを見回し、金属で出来ていると思われる棚に近づくと、上に乗っている物を乱雑に床へと落とし力任せにその棚を分解し始めた。
ガンガンと部屋に鳴り響く金属音。だが、そんな大きな音が出ていても屍霊が襲ってくる気配がない。それが妙に気持ち悪かった。
「怯ませる位なら効く。それと銃でも特殊な弾なら効かない事も無い。無論、そんなもの持ち合わせてはいないがな」
「あっそ。銃が効かないのはさっき実感したから百も承知だよ。で打撃となると、メタルラックの支柱なら結構いいっしょ。細いけど見た目以上に頑丈だし。僕が怯ませている間に君が首を落とす、それでいいよね」
ニッと笑うと赤い鉄支柱をこちらに突きつける様に見せた。なるほど長さも結構あり、頑丈そうだ。あまり気は進まないが、卓磨と合流するまではこの男に頼らざるをえない。
「君もいるかい? そんな貧弱な刀でアレに対抗できるとは思えないけど……折られでもしたら相手の首も斬れなくなっちゃうだろ?」
失礼な事を言う……が、今はその通りである。今の私の刀では、切る事は出来ても受ける事は無理だ。下手をしたら斬った時に骨に引っかかって刀が折れるなんて事も考えられる。手から出る刀自体は私の本体ではないから再生は出来るが……まだ私自身が対峙していない屍霊であるし、様子見の武器として手持ちを準備しておくというのも手か。
「ああ、一応一本いただけると助かる」
それを聞くと九条は支柱をもう一本引き抜いて私に投げ渡した。支柱をよく見ると、棚がついていた接合部分や中の空洞は赤くない。
……部屋もそうなのだろうか。赤いのは表面上だけのようだ。だが、手に触れた感触は嫌なものだった。血が塗られて凝固した物を触っている様な感触だ。
「しかし、不用意に歩き回るのも危険だな……どこか目星でも付けれればいいのだが」
「それなら……」
ブォンと支柱で空を切り、素振りをしている。まるでこれから赤いチャンチャンコと戦う事に高揚感を感じているようだ。
「鴫野静香の部屋とか怪しいんじゃないかな。もしくは母親の部屋か。リビングにもキッチンにもいなさそうだし、二匹いるんだったらどっちかにどっちかはいるっしょ。両方とも二階上がった所にあるよ」
なるほど、屍霊となった本人の部屋が一番怪しいのは確かだ。階段は確か、玄関を入ってすぐにあった。
以前私が入った事のあるリビングはもぬけの殻で、今いる所がリビングだとは気がつかなかったが、リビングであるのなら部屋を出て廊下を真っ直ぐに行けば玄関だ。ゆっくりはしていられない。私達はとりあえず二階へ向かう事にした。




