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おんりょうめもりー ~死人達の記憶と刀の少女~  作者: ぎたこん
第一部・第一章・初めての怨霊
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1-5-1.見慣れた喫茶店【陣野卓磨】

最終更新日:2025/2/28

 教室で無意味に長話を続けるのも不毛であると考え、教室の鍵は最後に残っていた生徒、桐生千登勢きりゅうちとせに委ね、俺たちは学園近くの喫茶店へ向かうことにした。


  しかし、桐生が教室に一人残り、最後まで何をしていたのかは不明である。俺たちが視線を向けた際、彼女は特に何をするでもなく、鞄を机の上に置き、ただ静かに座っていた。声をかけた時にはどこかおどおどした様子だったが、最後の戸締りを快く引き受けてくれた。


 そんな些細な疑問を抱きながら道を進む。

 通常であれば、女子三人に囲まれてどこかへ向かう状況は、男子にとって喜ばしいものかもしれないが、社交的でない俺にとっては苦痛でしかない。さらに、この状況が長引けば、今日予定していた新作ゲームのプレイが不可能となり、事件を忘れるどころか、話の内容によっては記憶に深く刻み込まれる恐れもある。


 三人が会話をしながら歩を進める中、俺は暗い目つきでその後ろをゆっくりと歩く。はたから見れば、まるでストーカーのようだ。

 そもそも、俺がここにいる必要はあるのか。事件の詳細を知りたいこいつらにとっては必要かもしれないが、話したくない俺には単なる迷惑である。


 三人は担任が田中であったのは残念だったが、副担任が柴島くにじま先生であったことで救われたとか、春休みの宿題はどうだったかといった、他愛もない話題を続けている。ただし、主に話しているのは七瀬ななせ兵藤ひょうどうの二人であり、霙月みつきはそれに合わせて時折意見を述べたり、うなずいて相槌を打つ程度であった。


 このように無駄な会話を続ける時間があるなら、話したい内容を早々に済ませて終わらせてほしいものである。本当に飽きることなくよく話す者たちだ。俺は一人で後ろを歩いているため、逃げることも可能ではあるが、霙月のことを考えるとその行動に踏み切れなかった。


 どこからか、女子が俺を頼りにしているという、理解しがたい使命感が湧き上がっていたためである。幼馴染とはいえ、女子に頼られるのは多少嬉しいものだ。こういう年頃なのだろう。


 ……ん? 待て。俺は喫茶店に行くような余分な金を持っていただろうか。


 ふと重要な事実に気づき、財布を取り出して中身を確認する。

 今日購入予定のゲーム分の金しか持ち合わせていない。

 少し足を止め、頭の中で霙月とゲームを天秤にかける。しかし、迷うことなどなかった。

 俺は気づけば踵を返していた。

 すると一瞬にして七瀬に「ちょいまちー! どこいくの!」と叫ばれ、再び首根っこを掴まれて引き戻された。


 ……………………。


 俺は今日という日を諦めざるを得なかった。いや、注文しなければ問題はないか。

 校門を出て少し進んだ先、一軒の店の前で先頭の兵藤が足を止める。


「ここよー! ここに決めたっ☆」


 兵藤が喫茶店の前で立ち止まり、扉の前で仁王立ちする。最初から喫茶店に行くと言っていたのだから、今決めたわけではないだろう。その「今決めた」かのような態度に、事件に対するモヤモヤや財布の事情もあり、少し苛立ちを覚えた。


 学校から少し歩いた場所。俺たちが到着したのは小さな喫茶店であった。

 俺にとっては見慣れた店である。以前、何度か訪れたことがある。


「へー、こんな所にこんな喫茶店あったんだ? 結構古そうだけど全然知らなかったなー」


 霙月が喫茶店の窓を覗き込んでいる。

 店の前にはメニューや食品サンプルが置かれているわけではなく、店名の書かれた小さな看板が一つあるのみである。扉を開けると、カランカランと耳に心地よいベルの音が響く。


「いらっしゃい……」


「学生四名お願いしまぁす」


  兵藤がこちらに顔を向けた店のマスターに、右手の指を4本立てて一声かける。マスターはこちらをしかめるように見て、俺の姿に気づいたようであった。


「おお、卓磨たくま君じゃないか。久しぶりだな。いらっしゃい」


 見慣れた俺の顔を見て表情が緩むと、歩み寄って俺たちを出迎えてくれる。まるで兵藤が透明であるかのように彼女を視界に入れていないかのごとく、マスターは俺に向かって微笑んだ。兵藤はそのポーズのまま固まっており、そんな兵藤を見て七瀬は視線をそらし、口元を隠して笑いを堪えていた。


 白髪交じりの年配の男性である。喫茶店のマスターで、名前は箕面定雄《みのお|さだお》。前述の通り、俺はこの喫茶店に以前よく来ていたため、顔馴染みである。


 正確には、俺の知り合いというより、祖父の古い知り合いであった。

 母が病気で入院しがちになってからは、マスターのご好意により、燕と祖父と三人で時折ご馳走になりに来ていた。当時は料理ができない三人であったため、マスターが気を遣ってくれたのである。

 祖父と燕がある程度料理をこなせるようになってからは、あまり訪れなくなった。ここに来るのは何ヶ月ぶりだろうか。


 当然ながら、俺は今でも料理を全く作れない。カップ麺でさえ、時折作り始めてる途中でそのことを忘れて放置してしまい、ビロンビロンに伸びてしまうほどである。


 しかし、よりによってこの喫茶店である。ご馳走になっていたにもかかわらず、しばらく来なかった後ろめたさもあり、少し気まずいものを感じていた。


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