2-22-1.金田の素行【柴島絵里】
仕事は終わり、今は帰り道。
書類の整理が追いつかず、すっかり日も暮れてしまった。
だが、学園から私の家までは近い。暗かろうともすぐ帰れる。こういう日は酒でも呑んで気分を晴らしたいものだ。
そこで一つふと思い出す。
あ……今、両親は旅行中で冷蔵庫に何も食べるもの入ってなかったんだっけ。と、つまみになる物すらない事に気がつく。
何か買わなきゃな。コンビニでいいか……。
冷蔵庫の中身事情を思い出し、帰り道にあるコンビニに寄る事にした。
実家暮らしで食事については親に頼りっぱなしなので、冷蔵庫に何か材料が残っていたとしても、自炊でおいしいものを作る自信は無い。せめて帰宅が早ければ親の手伝いをしてレシピなどを覚えられると思うのだが、職業柄それもなかなか難しい。こういう一人になった時に練習するのも手だが、材料から買うと一人だと余らせてしまう。こういう時はコスト的にもコンビニやスーパーの惣菜で十分なのだ。
テロリロテロン♪―――と店内に足を踏み入れると聞きなれた音楽が鳴り響く。それと同時に、いつもと同じ男性店員の声で「いぃらっしゃいやっせー」と迎え入れられる。
いつもと同じ店員、いつもと同じ品揃え。
新商品と貼られた商品もちらほら見るが、どこが新商品なのかと思いたくなるほどレパートリーは同じである。中には新商品となって値段が上がり内容量が減ったのではないかと思わせる商品も多々ある。
気になり調べると、糖質制限云々で容量を減らしたとか、時代の流れに沿った尤もらしい言い訳を重ねているが、消費者側からすればいい迷惑である。
そんな事を考えつつ、酒類を入れた買い物カゴにを片手にパスタのコーナーを眺めつつ何にしようか選んでいると、横目に知っている顔がチラリと見えた。
「あ」
向こうもこちらに気がついたようで、顔を向けるとお互いに目が合う。
誰がいたのかというと、オカルト研究部の金田蘭子だ。手にはなにやら雑誌を一冊持っている。チラリと見えるオカルト雑誌のタイトル名。
「あら金田さん、こんな時間に制服のまま何やってんの。アンタの家この付近じゃなかったわよね」
「あ、その……」
「それに今日は部活に顔出してなかったんじゃないの?」
「い、いえ、ちょっと……」
何か挙動が怪しい。
彼女の同行に関しては少しよくない事も聞いている。早く帰れの一言で済ますのもどうかと思った。
「金田さん、長原君から聞いたわよ。呪いの家とか言う所に無理矢理連れて行ったんですって? あそこは最近、殺人事件起きてるし危ないからあんまりそういう事しちゃ駄目よ? ――まさか……」
少しバツの悪そうな顔をしている。
「い、いえ! 前回撮影に失敗したから言葉巧みに騙して今日も長原君連れて行こうと思ったけど逃げられたなんて事は、ぜっんぜんないですよ!」
私の怪しむ視線に動揺したのか、全部口から出ている。慌てん坊テンプレートの様な綺麗な回答である。
慌てて手を振るので、手に持っている雑誌が何の雑誌かもはっきりと見えてしまった。
「アンタ、聞いたわよ。ちょっと前に心霊写真採用されて金一封貰ったそうね。オカ研の顧問がこう言うのもなんだけど、そんな雑誌また買って、また賞金でも狙ってんでしょ」
「い、いえ、それは~」
私の言葉に、金田の目線が明らかに泳いでいる。
金田は部長や副部長の紅谷と違って、顔にもすぐ出るし言動がわかりやすい。それに甲高い声で、ひそひそ話をしていても洩れて聞こえるくらいに聞き取りやすい声をしている。
「あのねぇ。それは別にいいんだけどさぁ、嫌がる相手を無理矢理連れて行っちゃ駄目よ? 皆それぞれ得手不得手があるんだから、乗ってくれる人誘えばいいじゃないの。ほら、部長とかいつも暇そうに画面とにらめっこしてるから連れて行きゃいいじゃん?」
「いえ、部長はちょっと苦手でして……なんといいますか、喋りかけても一言返事で終わる事が多く――ボソボソ喋ってて何言ってるか分からない事多いですしぃ。それに、男子の方がいざという時、盾に出来るじゃないですか! 女子を守る事が出来るなんて男冥利に尽きると思いますよ!?」
まぁ、確かに部長は少し人付き合いが苦手そうな所はある。現時点で三年の部員が部長しか居ないので部長をやっているが、他に部員が居れば今の部長が部長になることは無かっただろう。
二年に部長を任せてもいいとは言ったのだが、昨年度に卒業した前部長の鬼瓦千鴇からも御指名がかかっていたので今現在しぶしぶ部長をしているみたいだ。それでもあまり乗り気ではなさそうだったし。
私から見ても、今の部長は部長という柄ではない。
人を纏めるというには少し協調性がなさ過ぎる所がある。
「うーん。まぁ、活動についてあんまりとやかく言うつもりはないけど、程々にしときなさいよ? あんまり一年生をこき使って辞めちゃってさ、同好会に逆戻りなんて事になったら元も子もないんだから。そうなったら部費も出ないからね? あと、同好会になっちゃったら顧問も外れるから。それは私が気が楽になっていいんだけど」
「う……肝に銘じておきます……」
私の言葉が効いたのか、少しシュンとする金田。
「それで長原君はどうしたの」
「先に逃げ……いえ、帰りました」
「そお? ならいいんだけど」
とは言え、今の所一人抜けたくらいで格下げになる事はない。
なぜなら今年は、一年数人に加えて影姫さんも途中入部してきて、ここ数年では一番人数が多くなっている。何人だったか……二年だけでも五人はいたはずだ。
副部長を含めて、殆どが何かと理由をつけてサボって来ていないみたいだが。
一応部長が資料等で実績作りはしているみたいだが、この先どうなるかは不安である。
「じゃあまぁ、あんまり晩くまでうろついてちゃ駄目よ。さっさと帰りなさい」
「はいー、すいません。失礼します!」
そう言うと金田はさっさとレジで精算を済ませて、逃げる様に足早に店を出て行った。
店内に残された客は私一人。早く弁当を選んで帰るとしよう。




