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おんりょうめもりー ~死人達の記憶と刀の少女~  作者: ぎたこん
第一部・第一章・初めての怨霊
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1-4-3.最後の一枚【陣野卓磨】

最終更新日:2025/2/28

 あはは、と愛想笑いを浮かべながら、不審そうに俺を見る担任を誤魔化しつつ慌てて振り向くと、俺の襟首を引っ張っていたのは兵藤であった。小柄な体格であるにもかかわらず、驚くほどの力である。

 いや、やはり俺の体力が衰えているのか。


「お、おい、引っ張るなら場所を考えろ……首はやめろ、首は」


 振り向くと、兵藤が何か懇願するような仕草でこちらを見ている。


「違う、違うのっ。ただのゴシップ話とかと勘違いされたままだと嫌だし、あんたも聞いてってぅうぇーっほっ! げほっ!」


 そう言い放った兵藤は、最後にむせてしまう。その口から数滴、しかも大きめの唾液が飛び散った。

 咽たいのは襟首を引っ張られて首が締まった俺の方であるはずだ。それなのに、兵藤の唾液がすべて俺の顔に降りかかる。大抵の者の唾液は臭うものである。女子であっても例外ではない。ブレスケアでも常用していれば別だが、学生でそのようなものを常備している者は少ない。そもそも金のない学生に、そんな余計な物を購入する余裕などない。


 それを見た七瀬がプッと口元を押さえて視線をそらす。霙月を見ると、うつむいて肩を小さく震わせている。兵藤の唾液まみれの俺の顔を見て、どうやら相当笑えるらしい。


 首根っこを掴まれて咽るのは俺であるはずなのに、なぜこいつが咽るのか。


「おい、お前ら。俺は職員室に戻るから、最後の奴は教室を出るときに鍵をかけておけ。鍵はここに置いとくから、後で職員室に持ってこい」


 突然、担任の声がこちらに向けられ、人数が減った教室に響き渡る。

 担任はそう告げると、返事を待たずにそそくさと教室を後にした。

 新クラスの担任は、生徒の間でも評判の悪い化学教師、田中裕也たなかゆうやである。何事にも興味がなさそうで、言葉数が少ない。行事の際も、自身の興味のないことは生徒に丸投げである。少なくとも昨年はそうであった。そのせいか、クラス替えの掲示板を見た生徒からは失望の声がちらほら聞こえていた。


 担任が去った後、少しの沈黙が流れる。

 七瀬がポケットティッシュを差し出してくれたため、一枚受け取ろうとしたが、いや、一枚では足りない。そもそもこいつらのせいでこうなったのだ。そう思うと苛立ちが募り、ティッシュを五枚ほど引き抜いた。顔を拭く。唾液がへばりつき、広がったような気もするが、気にしすぎても仕方ない。後で洗面所に行き、顔を洗えばよい。


「ご、ごめんね~? 何か急に喉がつまっちゃって。てへっ」


 兵藤が申し訳なさそうに頭を下げながら手を合わせ、手を数回叩く。俺は神仏か何かではないと、さらに苛立ちを覚えた。


「てへっ、じゃねーよ。臭いったらありゃしねぇ」


 俺は嫌味ったらしく視線をそらしながら冷笑し、そう言った。少しでもこの苛立ちを発散したかった。


「臭くねーよ!!」


 俺の言葉に即座に突っ込みが返ってくる。同時に、再び俺の顔に唾液が飛び散った。七瀬が片手で口を押さえ、プクスーと変な息を漏らして笑いを堪えながら、再びポケットティッシュを差し出す。


 もうだ……。


 ティッシュを引き抜くが、それが最後の一枚であった。一枚で拭ききれるのか。

 いや、拭き切れるはずがない。さっきティッシュを大量に引き抜いたあの時の俺を呪いたい。


「で、なんなの? 事件の事って」


 そんな俺を見て、笑いを堪えながら霙月が二人に問いかける。こいつらのことだから、七瀬と兵藤が何か重大な情報を手に入れ、誰かに自慢したくてたまらないのだろう。俺も逃げられないと観念し、仕方なく二人の話を聞くことにした。


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