2-21-1.呪いの家のいわく【陣野卓磨】
ここからはこちらが質問をする番だ。
「あの家……一家惨殺があった家の隣の家についてです。赤いチャンチャンコによる首切り事件はあの家の付近で集中して起きています。なぜ警察署に現れたかは分かりませんが、あの家に住んでいた住人が大きく関わっていると思いますので」
俺は何を聞いていいのかよく分からないので黙っていると、影姫が切り出した。こういう時はしっかりしている影姫がいるとありがたい。
そんな影姫の質問に対して、まずは九条さんが口を開いた。
「警察署に出てきた事に関しては……あくまで僕の予想ですが、横山宅の監視カメラ映像を何度も見ていたからじゃないかな。あと、ちょっといいですか。気づいた事があるんですけど」
「何か分かった事あったのか?」
七瀬刑事も九条さんの言葉に耳を傾ける。
「いや、殺された被害者の人達なんすけど、皆男女二人いる時に殺されてるんすよね。一件目も二件目も。横山宅では兄妹が二人でいる時に出現しているみたいでしたし……両親は目撃したからか近くにいたから殺されたと言う所でしょうか。陣野君もあの時に聞いた話だと、女の子と二人でいる時に襲われたんでしょ? 僕が警察署で襲われた時も溝口ちゃん……あ、鑑識課の女性と二人だったし」
そう言われればそうだ。横山宅の事は見ていないのでよく知らないが、他の事件は皆そうである。ただそうなると一つ疑問点がある。横山家に関して通報をした後に、俺が影姫と二人であの付近にいた時だが、あの時は家の中に入っても全く襲われる気配はなかった。
刀人という人外である影姫が人間として見られていないと言えばそれまでだが、疑問点は残る。だが、九条さんの意見を聞けば今はそうとしか考えられない。
「そう、ですね……確かにそうです」
俺がそう肯定する返事をするも、影姫も俺と同じ事を思っているのか、九条さんのその考えについては腑に落ちないという顔をしている。
「さすがにあの付近を男女二人で歩くなって周知するのは無理だと思うけど、おびき出すにはそう言う方法を取れるって事じゃないっすかね」
「アホか。仮におびき出せても対処できなきゃ意味ないだろ。路地で人通りは少ないとはいえ、大っぴらに相手の首を切り落とすつもりか? それに反撃されたらこっちだって危ないだろ。幽霊相手に機動隊出してくれなんて言えたもんじゃねぇし、そんな事言えばそれこそ頭ん中疑われるぞ」
「まぁ、色々と難しい点はありますけれどもですね」
「それに九条、お前行けって言われて誰かと行きたいと思うのか? 連れてった相方が殺されるかもしれねぇ状況をわざわざ作るなんて俺は出来ねぇな」
七瀬刑事のいう事は尤もだ。囮を使って屍霊を呼び出した所で倒せなければ意味がない。
七瀬刑事が大袈裟に溜息をつく。溜息ばかりつくなこの人は。苦労しているのだろうか。
「いやぁ、僕は……どうでしょう」
九条さんはヘラヘラと笑うと手を横に振る。この人はどこまで本気で意見を述べているのか分からない。七瀬刑事の苦労の原因の一つは九条さんなのではないだろうか。
「じゃあまぁ、話しを戻すけど、あの事件のあった家の前の事だったね」
「はい」
「あの家は昔からずいぶんと〝いわく〟があるんだよ。噂では流れてるようだから君等も知ってるか分からないが、十二年前にあの家で女学生の自殺があってね。それを発端に色々と」
「他にも警察が関わる事件があったんですか? 喧嘩別れとか不倫とか浮気とかそう言うのがあったって話は聞いた事ありますけど……」
七瀬刑事の顔が神妙になる。俺が言っている揉め事の様な小さな事件ではないようだ。
「まぁ、大きな事件がいくつも関わってるって訳じゃないんだがね。あの家に関わった人間に対して出ている捜索願が結構ある。それと……」
「それと?」
七瀬刑事は続きを話しにくそうに少し口ごもると、再び続きを話し出した。
「あそこに住んでた子が……君等はまだ小さかった頃だろうから覚えてないかもしれんが、九年前に隣の市で起きていた児童連続殺害事件の被害者があそこの家に住んでてね。自殺した女生徒の家族の後に住んでいた家族だ」
児童連続殺害事件……つい最近もこのワードを聞いた事がある様な気がする。
―――そうだ、天正寺が目玉狩りと対決したあの日に言っていた気がする。自分語りの様な話だったのであまり真剣には聞いていなかったので全ての内容までは覚えてないが、こんなタイミングでまた聞く事になろうとは。
「聞いた話になるんだが、これがまたえぐい話でな。発見された時、殺された子の遺体がバラバラにされて、くり抜かれた幾つかの大きなスイカの中に詰め込まれて並べられていたんだ。被害者の住居自体はウチの所轄だったんだが、この事件自体は隣の市で起こっていた事だったんだ。それでその子の遺体の発見現場も隣の市だったこともあって、うちの署は所轄外だったから俺も捜査に加わってた訳じゃないし、写真もまぁ、見るには見たんだが、詳しくはな……」
スイカ……殺害……何かが頭の中に引っかかる。
その話をしていると七瀬刑事の表情が険しくなる。何か当時の事を思い出したのだろう。
聞いているだけでも胸糞が悪くなる事件だ。無理もない。
「許せないっすよね……その犯人が父親だったって言うんだからなおさら……」
九条さんも同じだった。俺だって聞いただけでも凄惨な事件だったと言うのが分かるし、気分が悪い。
だが、俺が見た事のあるネットのまとめにはそこまでの情報は出ていなかった。あの事件に関してはいろいろと伏せられている事もあるのだろうか。バラバラにしてスイカに詰め込むとは常人の神経とは思えない。
「ああいう小さい子を標的にしたサイコパス野郎が起こす事件はいたたまれないな。マジで許せん。……と、まぁ、こういう話はあんまりすべきじゃないかな。今回の件と関係があるかも分からないし」
「いえ、少しでも情報がほしいので、少しでも関係があると思えば出来るだけ話していただければ」
「そうか。それとさっき君等の言ってた喧嘩だの浮気だのもだ。それが原因で家を出て行ったのか分からないんだが、さっきも言ったが何人か行方不明になってて捜索願が出てる人間もいる。それも、あの家に住んでた住人に限った事じゃなく、あの家を訪れた人間も含めてだ。来客だの不動産会社だの大勢な。何人くらいだったか……」
「最初に住んでいた家族を含めると二十人前後でしたかね。名前とかは覚えてないっすけど」
「ああ、そんくらいだったか」
そこまで話し終えると、コーヒーに一口つける。
赤いチャンチャンコはそんなに昔から存在したのだろうか。
だが、首切りの被害者が出始めたのはつい最近の事だ。何処か何かが引っかかる話であった。




