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おんりょうめもりー ~死人達の記憶と刀の少女~  作者: ぎたこん
第一部・第二章・血に染まるサプライズ
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2-19-3.或谷組の実態【陣野卓磨】

 日和坂はグラスをテーブルに置くと面倒臭そうに影姫の方に視線を向けた。


「わーってるよ。だがな、今現在は組長からそういう指示は出てねぇ。手前てめぇんとこの爺さんによっぽどお冠な様でな。……にしても、その体なぁ……えらいチンチクリンになったもんだな」


 頬杖を付き、影姫の方をなめるように見回し悪態をつく日和坂。


「私は以前の私がどうあったかは気にしていない。人の見た目に対して戯言たわごとを抜かしていると嫌われるぞ。あと、対処出来ていると言っても、人は沢山死んでいるがな」


 影姫は日和坂のその言葉に、少しムッとした表情でそう吐き捨てた。


「人の見た目ねぇ。体と一緒に能力の幅も縮んでんじゃねぇの。昔のお前ぇはなんつーか、ほら、こう―――人を寄せ付けない鋭い殺気みたいなのを感じたがよ、今は何も感じねぇ」


 その影姫の表情を見るや、日和坂は軽く口角を上げ馬鹿にしたような笑みを見せる。俺は元の影姫の姿というのを知らないので何とも言えないが、影姫がその事について語らないという事は、自分の昔の姿もよく覚えてないんじゃないだろうか。


「能ある鷹は爪を隠すという諺がこの国にはあるのだろう」


「はっ、自分が鷹だって言いてぇのか? 今のお前じゃとんびにも成れやしねぇと思うがな」


「私は貴様の事を覚えておらんな。仮に以前に会った事があるとしてだ、私ではなく貴様の見る目が衰えたのではないのか? 人に悪態つくよりもまず自分を見直せ」


「はっ、言ってくれるねぇ。こう見えてもこの十数年でかなり鍛えたつもりなんだがね」


 そう言って日和坂はふんぞり返る。


 目玉狩りの事件では分かっているだけでも二十一人の死者が出ており、今回の屍霊についても、すでに八人という大勢の人が亡くなっている。なのにこの人達はそういうのに対処るする仕事をしているのに、なぜまだ動かないのだろう。本当にうちの爺さんのせいだけなのだろうか。


「うちのお嬢なら、そこまで被害が広がる事はなかったと思うがな。そいつとは戦える力が違う。どうせ月紅石げっこうせきも使えないんだろ? 戦力外もいい所だな。どうせ、わたわたして足引っ張ってるだけなんだろ。見なくても光景が頭に浮かんでくるぜ」


「どうだかな。憶測だけでモノを語るなよ。こう見えて彼も役には立つ」


 影姫がフォローを入れてくれるも、俺としてはあまり役に立ったと言う記憶がないので何処か申し訳ない気持ちになってきた。


「はっ、コイツの何処がだよ。見た所貧弱だし、頭も悪そうだ。ポッと出で影姫の契約者になったんだったら、戦えそうな能力もどうせ持ってないんだろ。そんならさっさと契約切ってウチに来いって話なんだよ」


「変わらないな、或谷の家の奴等は。どうせ私を使って金儲けでもしようと企んでいたんだろう。昔にそれで一族・組員の半分を失ったのにまだ懲りていないのか」


 影姫は日和坂に視線を移す事もなくクリームソーダをぐるぐるかき回しながら冷たく言い放った。

 先程は口では覚えていないと言っていたが、どうやら影姫は日和坂の事を知ってはいる様子だ。あまり関わりたくないが為に嘘をついていたのかもしれない。

 俺にはわからないが、過去に何やらコイツ等と因縁があったように聞き取れた。


「あぁ? 俺等の事は覚えてるんだな」


「薄っすらとな。個人個人の顔やら声やらははっきりとは思い出せんが、その白いスーツと丸サングラスは見覚えがある。以前に会った事があるのかも知れんな」


「んだよ、顔か名前で覚えろや」


「顔や名前で覚えてほしければ、十数年も変わらない時代遅れのファッションセンスをどうにかしろ。今時そんなスーツ、何処ぞの喜劇の劇団員くらいしか着ておらんぞ」


「ぐっ……まぁいい……」


 自身のファッションセンスを咎められたのが悔しかったのか日和坂が少し口ごもった。

 いいぞ影姫、もっと言ってやれ。俺の仇をとってくれ。


「んでだな、俺等には俺等の考えややり方ってもんがあるんだ。そこをとやかくお前ぇに言われる筋合いはねぇよ。組長だって亡くなった先代だって、自分の選択に後悔なんざしていないさ」


「死んだ組長の事は覚えているぞ。嫌な奴ほどしつこいカビの様に記憶の中にこびりつく」


「先代の事を悪く言うのは許さんぞ」


「別に貴様等に許して貰おうなどと言う気持ちは微塵もない。それにだ、貴様等は人として越えてはいけない壁を越えている部分もあると中頭なかがみから聞いている」


「……何の事だ?」


 影姫の言葉に日和坂が少し怪訝な顔を見せた。

 影姫の言った『越えてはいけない壁』が気になったようだ。


「フンッ、そんな事も聞かされておらんのか。末端の構成員が私を捕まえていいご身分だな」


「俺はこう見えても組では上のほうなんだがな」


「そんな事はどうでもいいわ。とにかく貴様等の手助けをする気はないし、信用も出来ん。お前等に使われる位なら自分で自分を折るし、正直言うと顔も見たくない。今会話してやっているだけでも感謝しろ」


「はっ。またまた言ってくれるね」


「そう思っているのは私だけではないと思うがな」


 二人が何を喋っているのか内容がさっぱり分からない。まるで蚊帳の外だ。仕方がないので俺もクリームソーダを軽くかき回し、一口分のアイスをすくう。

 影姫は余程相手が嫌いなのか、珍しくヒートアップしており口数が多い。


「千太郎に或谷組の事を覚えていると言った時に聞いたぞ。貴様等、私を目覚めさせる為に素質ある人間を選別して殺し、月紅石を使い人工の刀人かたなびとを作り出して何人も犠牲にしたらしいな。人を二度殺すなど言語道断だ。命をなんだと思っている」


「ああ、壁ってその事か。それについては―――なんも言えねぇな。俺が口の出せる所じゃない。そういう事を出来る能力を持った奴が出てきた事と、穿多のジジイが資金・設備提供を申し出てきたのを不運だったと思うしかねぇな」


「知らん分からんで済む話ではないと思うがな。自分が所属している組織がそういう事をしている以上、何かしらの負い目くらい感じろ」


 影姫が冷たく言い放つ言葉に日和坂も表情を固くしている。俺のついていける話ではなさそうだが、或谷組が人の命を人のものとして扱っていない様な事をしていたというのだけは分かった。


 そしてまた少しの沈黙が訪れる。

 影姫はアイスの溶け切った濁ったクリームソーダをストローで飲み、日和坂は顔を窓の外へ向け、外を眺めている。


「まぁ、そう言う話をする為にお前等をこっちに呼んだんじゃねぇんだ」


「じゃあどういう話だ。どうせ耳にするのも汚らわしい胡散臭い話だろう」


「そう邪険にするな。話は戻るんだが、ウチのお嬢の事だ。影姫の契約者になる為に小さい頃から、他を捨ててそれだけの為に今まで修行を重ねてきた。まだお嬢には影姫が目覚めた件については隠しているんだが、知れればどういう行動に出るかわからねぇ」


「さっきから話に出ている〝お嬢〟が誰だか知らんが、私と言う刀を得る為に卓磨を襲うと言う事か?」


 俺を襲う……。

 話の流れからすると、俺を殺して影姫を一旦眠らせて再度起こそうって事か。

 冗談じゃない。


「そうなる可能性もあるってこった。もし、そうなったら相手は鬼の血が多少流れているとはいえ、屍霊じゃなく人間だ。俺としては貧弱そうなお前等にお嬢が負けるとは思えねぇが……」


「何とかならないんですか? 人と戦うなんて……」


 久しく口を開いた俺のその言葉を聞くと、日和坂は少し首を横に振る。


「何でお嬢に影姫の事を隠してるかわかるか?」


 わからない。わかるはずがない。

 黙っている俺の顔を見ると、日和坂が少し笑みを浮かべる。


「組長も俺も、他の組員も……お前がすぐ屍霊に殺されるとふんでるからだよ。一匹は運良くしのいだみてぇだが、今後もそううまく行くとは限らねぇ。小説やら漫画でよくある『舞台主演の契約者だからヒロインと一緒にいる俺は主人公補正があるんだから死なない』なんて思うなよ? 影姫と共にいる事になったお前は、常に死と隣り合わせなんだ。学校に行っている時も、寝ている時も、今ここで俺と話している時もな。ひょっとしたら、俺だってお前の命を狙ってるかもしれないんだぜ? ははっ」


「じょ、冗談はやめてくださいよ……」


「冗談かどうかなんて、口で言っただけじゃ分かりゃしねぇだろ?」


 確かに、人を殺すという法を犯すデメリットよりも、その方が賢いのかもしれない。

 話の流れからして、俺が先に死ねば影姫は刀に戻り無傷で再び眠りにつく。それに、俺一人の時に屍霊に出会えば殺される確率は高い。目玉狩りの時は影姫がいても何箇所か大きな傷を負ってしまった。

 日和坂の話を聞いて今後の事を考えると、ますます不安になってきた。


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