2-19-2.嫌な相席【陣野卓磨】
「まずは一応名乗っておこう。俺は日和坂政太郎ってんだ。知ってるか分からんが、或谷組の構成員だ。組っつっても裏家業のソレじゃねぇぞ」
「……」
いきなり名乗り始めた目の前の男に、俺も影姫も黙っている。
「この間、お前の家でチラッと会ったよな。お前らの名前は知ってるから、いちいち名乗らんでいいぞ」
或谷のジジイの手下であるのは知っている。組と言っても反社会的なソレとは違うのも知っている。
前にネットで調べたからだ。だが、かなり胡散臭い団体っぽかった。宗教とかの勧誘じゃないだろうな……。
「陣野卓磨と霧竜守影姫で間違いないな」
俺が勘ぐっていると、不意に名前を呼ばれた。
日和坂は二人を交互に指差す。
こいつ……なんで影姫の真銘を知っているんだ? 陣野影姫ならともかく、霧竜守という銘を知っている。名前については誰にも言っていないはずだ。爺さんから何か聞いたのだろうか。
「間違いない、ですけど……なんで影姫の真銘知ってるんですか?」
影姫も少し怪訝な顔をしている。俺は誰にも言ってないし、爺さんが知っていたとしても、こいつ等に言うとは思えない。と言う事は、元々知っていると言う事だろうか。
「んな事知ってどうすんだよ。てめぇの知ったこっちゃねぇだろ」
「や、気になったので……」
「まぁ、ここで偶然鉢合わせたのも何かの縁だ。いくつか話しておきたい事があってな。その、今お前が気になった事も含めてだ」
そう言うと日和坂は再び座席の背もたれにふんぞり返り、鼻息を荒く吐き出した。
話しておきたい事、と言うのは気になると言えば気になるが、正直どちらかと言うとコイツと話などしたくないと言う気持ちに天秤が傾いてしまう。
そんな気持ちもあってか、俺は返事をする事もなくテーブルの上でせわしなく指をもじもじと絡めるだけであった。
そうしていると、マスターがトレイにクリームソーダを二つ乗せてこちらに持ってきた。それを俺と影姫の前に並べると、日和坂の方に視線を移す。そのマスターは表情は少し固い。
「日和坂さん、あんまり……」
「わぁーってるよ。変に口や手ぇ出したら俺が組長から雷食らうだけだろ。余計な心配はいらねぇから、あっち行ってろっ。シッ」
日和坂がマスターの言葉を遮り手でシッシッっと面倒臭そうに追い返すと、マスターは渋々といった感じでこちらの様子気にしつつも、身を引きカウンターに戻っていった。
今の感じからすると、二人は知らない仲ではない様だ。影姫と出会ってからというもの、俺の知っている人の知らない関係がちらほらと出てきている。
そんな事からも、俺は今まで問う違う生活に足を踏み込んでしまったのだなと思わざるを得なかった。
そして離れていくマスターを見送ると、日和坂がこちらに向き直る。丸型のサングラスをしており顔全体の様相を測る事は出来ないものの、その表情からは何か真剣なものを感じる。
「あのよ、影姫についての事なんだが……俺はお前を契約者とは認めたくねぇ。お嬢がが可哀想だからな……」
突然、背もたれから背を離し少しこちらに顔を近づけると、俺の方を見ながら小さめの声でそう語る。
お嬢って誰だ。
それが俺の頭に浮かんだ疑問だった。
突然出てきた訳の分からない言葉に戸惑いを隠せず、返事もせずに間の抜けた顔をするしか出来なかった。
この間、或谷のジジイとは家で対面したし、俺が爺さんからある程度の話を聞いていると思っているのだろうか。
そうだとしたら早とちりであり、勘違いも甚だしい。俺は爺さんからはほぼ何も聞いていない。
本来ならば知っている事を洗いざらい聞いておかないと行け無いのだろうが、何も聞いていないのだ。
「おい、聞いてんのか?」
「いや、その、日和坂さんが俺に対して何を言いたいのかよく分からないんですけど……」
「何だお前、爺さんから何も聞いてないのか?」
「はぁ」
俺の気の抜けた返事を聞くと、表情が少し緩んだような気がする。
いや、呆れた顔と言うべきか、大袈裟に溜息をつくと肩を落とした。
「何だよあのジジイ、責任責任っつって何にもしてねぇのかよ。じゃあ、聞くけどよ。……お前、屍霊とはもう戦ったのか? それともまだなのか?」
屍霊の事も知っている様だった。もちろん、或谷組がそういうモノを相手にすることを生業としているというのは前に調べて知っていたので、ここには疑問を感じないといえば感じない。
だがやはり、何か色々と影姫に関する〝裏〟を知っているようだ。ここは正直に答えた方がいいのかどうか分からず、影姫の方へと視線を少し向けて助けを求めるも、影姫は俺の視線に気がついていないのか、テーブル上にあるクリームソーダをただ見つめている。
そうして少しの沈黙があったが、影姫が仕方なさそうに口を開いた。
「屍霊は一匹退治した。私が目覚めてからまだ一月も経っていないが既に近辺で一匹発生している。それに、もう既に二匹目が発生している兆候がある。コイツはこれからの対処になるが、発生の頻度が高い気がする」
「そうか……一応、対処は出来ているのか。しかし、アレだけ人を殺しまくる屍霊は、普段なら年に一度発生するかしないか位だからなぁ。昔の事も考えると、影姫がいるからっつっても、もう二匹目が出てるってなると早すぎるわな」
「私を感知する事の出来る瘴気以外に、街に何かいるのかもしれない。だが、それを探すのはお前等の仕事だろう」
なんと言っていいか分からず黙っている俺に代わって、影姫がクリームソーダのグラスに入っているスプーンをかき回しながら面倒臭そうに答える。グラスと氷がたてるカラカラという音が、人の少ない喫茶店内にとても大きく響くように感じた。
その影姫の返事を聞いて、日和坂は一つ頷き少し黙ると、置いてあったアイスコーヒーを一口飲んだ。




