2-17-1.胸を張れ【陣野卓磨】
授業中、隣の席を見ると誰も座っていない。
昨日の事もあり、霙月はさすがに精神的にショックを受けたのか、学校を休んだようだ。
登校時に友惟に何かあったのかと聞かれたが、本当の事を話す訳にもいかず、はぐらかす事しか出来なかった。
昨日あった出来事を考えると田中先生の授業も耳に入ってこない。自分に近しい人物が身の危険に晒され、殺されそうになったという現実がまだ受け止められない。
「おい、陣野!」
「は、はい!」
急に田中先生に振られて吃驚して立ってしまった。周りの生徒からはクスクスとかすかに笑い声が聞こえる。しかし、俺を突然呼んだ田中先生はというと、立ち上がった俺の顔を見て、逆に少し驚いている様に感じる。
「……顔色が悪いぞ。大丈夫か?」
「あ、大丈夫です……」
「そうか、ならいいんだが。無理はするなよ。授業中に倒れられたらかなわんからな」
「はい……」
その言葉を聞いて着席する。人の事を気遣う言葉を田中先生からかけられ少し意外な面を感じた。以前の田中先生ならこんな言葉をかけてくる事は無かっただろう。伊刈の墓での件の後から、田中先生は少し変わった。他人を気遣う面が少し増えた気がする。
しかし、顔色が変わるほど悩んでいるつもりはなかったが、体は正直な様だった。
◆◆◆◆◆◆
授業が終わると田中先生がこちらに近づいてきた。
「陣野、柴島先生から、どの休み時間いつでもいいので授業が終わったら職員室に来てくれとの言伝を預かっている。一応、別に声は掛けておくが、桐生も呼ばれていたから、都合が合うんだったら一緒に行くといい」
「あ、はい。分かりました」
田中先生が返事をする俺の顔を無表情にじっと見ている。何かついているのだろうか。
「本当に大丈夫か? 体調が悪いのなら柴島先生には後日にするように伝えておくが」
田中先生に心配されるくらいだ、よほど顔色が悪いらしい。だが、あまり心配されるのも正直鬱陶しい部分もある。ありがた迷惑というやつだ。
「大丈夫ですよ。ちょっと寝不足なだけです」
「そうか。夜更かしして何をしているかは知らんが……程ほどにしとけよ。具合が悪くなったら保健室に行けよ」
そう言うと田中先生は俺の返事を待つこともなく、踵を返し教室を出て行った。そして、入れ替る様にして、田中先生を見送るような目線を送りながら影姫がこちらへ寄ってきた。
「卓磨、あまり考え込むなよ。烏丸さんは死んだわけではないし、大きな怪我もして無いんだろう?」
「ああ、まぁ、そうなんだけど」
「初めて屍霊と出会い、死と直面したのならば、そういう精神状態にもなる。今はゆっくりと休んで心と体を落ち着けるのも大事な事だ。卓磨は咄嗟の行動で烏丸さんを救ったんだ。もっと胸を張っていい。誇りに思え」
普段はずっと図書室から借りてきた本を読んでいてあまり話しかけてこない影姫が、休み時間に珍しく声を掛けてきた。その顔は俺に対して心配している、と言うほどでもないが、霙月が欠席している事に関しては気にしている様子だった。
「悩む心は人の芯を震わせ惑わす。守りたい人がいてこれ以上危険に晒したくないのなら、早々に今回の件を解決せねばなるまい」
「わかってるよ……」
だけどどうすればいいんだ……。
前の時と違って、屍霊の正体となる人物が誰なのかわからない。
昨日見た映像の中で出てきた鴫野静香と言う名前も心当たりがないし、ネットで検索した所で余程の有名人でもない限り本人かどうか分からない。同姓同名とかが検索にヒットしたら余計に分からないだろう。
「とりあえずは今回の件は情報が少なすぎる。卓磨も屍霊に成り果てたと思われる人物の見た目とかに、全く見覚えがなかったんだろ?」
昨日見た映像に関しては、既に大まかにではあるが影姫に伝えてあるが、映像で見た鴫野と昨日見た屍霊では、あまりにも顔が違いすぎて同一人物なのかすら分からない。
本人であると言う確率は極めて高いとは思うが、不確定な部分を影姫に伝えていいのかどうかも迷ってしまう。
「ああ、うちの制服を着てたとは思うんだけど……でも、目玉狩りの時もそうだったけど、屍霊のあの顔じゃあ、顔見ただけだと知ってる奴や見た事ある奴でも分からないと思うけどな。何か目印的なものでもあれば別だけど……。」
影姫が霙月の席に腰掛ける。
「そうだな……最近この学校で亡くなった生徒とかはいないのか?」
「伊刈と御厨と洲崎と……食事処で死んだ奴だけど、食事処で殺されたやつは男子生徒だし、御厨と洲崎とも違うと思う。知ってる範囲だと目玉狩り事件の被害者ばっかりだ。不登校の奴がいるんだったらそれは分からないけど、とりあえずそういう話は聞かないな」
「となると、この学園の制服も着ていることだし昔に亡くなった人物かもしれないな。あの家に取り残された怨念が具現化したのかもしれない。私はそいつの姿を見ていないが女なのか?」
「ああ、女子の制服を着てた。かなり血で赤黒く染まってたけどな」
「ふむ……」
影姫が顎に手をやりなにやら考え込んでいる。癖なのだろうか、よくこの仕草を見かける。考えた所で何もわからないだろう。影姫はこの学校に来て俺より日が浅いのだから。
キーンコーン……。
そんな話をしているうちに休憩時間はあっという間に終わってしまった。十分休憩というのは短いものだ。
「一人で考えても始まらんな。後でまた話そう」
そう言うと影姫は自分の席に戻って行くと、それと同じくして二時限目の教師が教室に入ってきた。
白髪交じりの年配の男性、国語担当の鮫島だ。確か鮫島先生はこの学校に勤めて長い。もしかしたら昔の生徒で鴫野静香と言う人物を知っているかもしれない。
だが、相手が教師であると言う立場を考えると、なぜそんな事を聞くのかと理由を問われると非常に面倒臭い。なので、俺が鮫島先生にそう言う質問を投げかける事はないだろう。
そういえな鮫島先生を見て思い出した訳ではないが、影姫と話をしていて柴島先生の所へ行きそびれたな。桐生も職員室へ行ったという感じは見受けられなかった。
次の休み時間にでも誘って行くか……。




