2-16-4.鑑識課突入【溝口青子】
「おい、ホントにそんなの中にいんのか? 静か過ぎる気がするが……」
ドアの前には数人の警官。廊下にも複数の警官が構えている。
七瀬さんも担当課の部屋から戻って来た。警官達は、相手が鋭利な刃物を所持していると言う事で、仰々しい装備をしている者もいる。
「先輩、僕がずっとここで見張ってましたし、窓も格子が嵌められているので部屋から出られないはずです。仮に格子をぶっ壊したとしても物音くらいはするから気がつくはずです。いますよ、中に。僕の勘だと首切り事件の犯人っすよ」
「しかし、どっから忍び込んだか知らないが、連続殺人犯が警察署に殴り込みとはいい度胸してんな」
「いつの間にか後ろに立ってましたからね……考えられるとしたらこの扉からですが、扉が開く気配も感じなかったのでなんとも……」
「ったく、迷惑なこった。余計な仕事増やしやがって」
七瀬さんが銃の弾を確認し構える。私はドアを取り囲む警官達の後ろから遠巻きに見ている事しか出来ない。
しかし、本当に忍び込んできたのだろうか。私には突然その場にパッと現れたようにしか思えない。何もない空間からパッとだ。そう、まるで幽霊のように。
信じ難い事かも知れないが、そう思わざるを得ない状況だった。
「いいか、一、二、三の三で突入するぞ。相手は恐らく例の霧ヶ谷の方で事件起こしてる首切り犯だ。切り口からしてかなり鋭利な刃物だ。溝口の話だと長物を複数持ってるらしいから油断すんなよ」
七瀬さんの小声に、辺りに緊張感が走る。
扉を取り囲む警官達は神妙な面持ちで皆が軽く頷いた。
こんな事は私が霧雨警察に勤務し始めてから始めての事だ。いや、通常警察署に勤務していて殺人犯が殴り込んでくるなんて事はまずありえないだろう。ドラマで起こるような出来事がまさか自分の署で起こるなんて思いもしていなかった。
滅多にない事案に胸の鼓動も早くなる。不安と恐怖が拭いきれないこの気持ち。どうなるのであろうか。
七瀬さんがそろりと鍵を開け、ドアに手をかける。
「一、二の……三っ!」
ドン!
三の掛け声と同時にドアが開け放たれた。拳銃を構えつつ鑑識課の部屋へ雪崩れ込む警官達。
「大人しく……! ……しろ……」
そこで七瀬さんの言葉は止まってしまった。何があったのだろうか。
外で見ていると中の様子が全然分からないが、まさか喋ってる途中でやられて……!?
嫌な予感を払拭するべく、慌てて入り口の方に駆け寄り、警官達の隙間から中を覗く。
廊下で構えている他の警官達も「なんだなんだ」と顔を見合わせている。
「待て、姿が見えないからってまだ安心するなよ……」
七瀬さんの声が少し聞こえてきた。どうやら攻撃を受けたとかではないらしい。
数名の警官が、そろりそろりと部屋の中を移動しながら中の様子を伺う。だが、部屋の中一帯を確認し終えた七瀬さんが銃の構えを解き、軽く溜息をついた。
「おい、誰もいないじゃないか」
覗いた部屋の中は、今突入した数人の警官達しかいなかった。
立ちふさがる警官数名を押しのけて慌てて入り口に駆け寄り部屋を見るも、窓や格子が破られた形跡もない。
警官達の他には誰も居ない、もぬけの殻なのだ。その様子に皆拍子が抜けて部屋を見回している。
「い、いや。確かに……あれ?」
九条さんもポカンと呆気に取られている。
私と九条さんは確かにこの部屋にいたアレを見たのだ。先程七瀬さんが部屋を出て行ってから見て分かる変化と言えば、切り刻まれたパソコンと倒れた椅子、襲われた拍子で床に散乱した書類の数々だけであった。
その後、改めて皆で細心の注意を払いながら部屋を探すも、鼠一匹見つからなかった。
間違いなくそこにいた異形な存在は、跡形もなく忽然と消えてしまったのだ。
「パソコン画面見の見すぎで目が疲れて幻覚でも見たんじゃないのか?」
他の皆は何事も無かった事に皆緊張の糸が切れ、同じ様な言葉を吐き捨てつつそれぞれの部署へ帰っていった。残されたのは私と他の数名の鑑識課の警官、あとは七瀬さんと九条さんだけ。
「いや、そんなはずは! あのパソコン見てくださいよ! 私も九条さんも確かに見ましたよ! ね!? 九条さん!」
「ええ、僕も――見たんですが、おかしいですね……あのパソコン見れば、幻覚とかじゃないって分かると思うんですが……」
二人ともがパソコンの方を見る。そこには人為的とは思えないほどに鋭利に切り裂かれ粉砕されたパソコンの残骸が散らばっており、本体もディスプレイもバラバラである。データは定期的にバックアップを取っているので無事だと思うが、先ほどまで作業をしていた〝赤いチャンチャンコ〟の音声データは恐らく駄目だろう。
聞きたいのならば元データからまた作ればいいのだが、こんな目に合ってはそんな気にはなれなかった。




