2-16-2.霧雨警察襲撃【溝口青子】
「溝口ちゃん、何これ? ドッキリか何か?」
「いやいやいやっ、署のパソコンでそんなことする分けないでしょ! あーもう!」
不可解な現象に頭の理解が追いつかずに、堪りかねて両手でキーボードを叩く。
ガシャン! と、衝撃を受けたキーボードが音を立てて少し跳ねると、キーが少し外れて零れ落ちてしまった。それと同時にディスプレイの表示がプツンと切れたかと思うと、一気に赤色一色に染まる。そして画面の左上からずらずらと文字が羅列されていった。
【鴫野忠文 細見小夜子 細見文隆 三谷亮介 ……………… 徳田美奈子 山上智 大畑路子 大倉徹也 横山真治 横山佐恵子 横山里香 横山忠雄】
画面に表示され続ける文字が止まらない。赤い背景に続々と表示され続ける黒い文字に、徐々に恐怖が沸き起こってきた。
数十人の、名前と思われる文字列が一気に画面を埋め尽くす。
「な、何よこれ」
「ちょっと待って溝口ちゃん、この最後の方の名前……通り魔殺人の被害者の名前だ。この徳田美奈子から後の名前が全部。横山忠雄って言ったら横山宅で最後に殺された父親だろ? って事はこれ」
九条さんは鋭い目つきで画面を睨みつけている。
それはただ不可解な現象に対して警戒する視線ではなく、どこか憎しみの篭った怒りの視線に感じ取れ、一瞬私自身が九条さんの画面に向けられた視線にさえ恐怖を覚えてしまった。
そして、言われて見ると確かにそうだった。最近見た名前が最後のほうに並んでいる。それも、被害に合ったと思われる順番に。だとしたらその前に並んでいる名前は……まさか同じ様に……。
そう言えば噂で聞いた事がある。今回事件のあった家の隣にある〝呪いの家〟と呼ばれている一軒家。あそこに関わった人間が度々失踪していると言う話を。
まさか、今表示されている画面に書き連ねられた名前は、それに関係しているのだろうか。
【赤】
そして画面の上部に小さな窓が現れる。
【赤い】
【赤い部】
【赤い部屋】
【赤い部屋は】
小さな窓に表示される文字は、画面が勝手に更新される度に不気味な機械音声と共に一文字ずつ増えていく。
更新動作により濃い赤と薄い赤が点滅する真っ赤な画面の中に、黒い文字が点滅するたびに徐々に浮かび上がっていく。
赤い部屋?
なんのことだろうか。
考えを巡らせると、一つの都市伝説を思い出した。だが、あれは作り話だ。実際にこんな事が起こるはず……。それに何処か知っている話とは違うではないか。
【赤い部屋は好きですか?】
『あぁかぁいぃ へぇやぁはぁ すぅきぃでぇすぅかぁ?』
最後に一気に文字が表示されたかと思うと、同時に低く唸るような女の声でスピーカーから文字と同じ言葉が流れてきた。
赤い背景に表示された黒い大量の文字が、どこからか恐怖を沸き立たせる。更に、赤黒い血痕模様がバシバシと画面にちりばめられ画面が赤黒く染まっていく。
「溝口ちゃん、さっきと音声違うんだけど……それにこの画面の文字何? 赤い部屋? 冗談きついよ、昔ネットで流行った都市伝説じゃん。若干違うけど……はは……」
「そんなの言われなくても分かってるわよ!」
訳が分からない。こんな事初めてだ。セキュリティ対策もしっかりしてるはずだから外部からこんな物が侵入出来るはずもないと思うし、第一このパソコンは必要時以外はインターネットにも屋内ネットワークにも繋がっていない。
考えられるとしたら信楽さんの所から貰ったデータにウイルスが混じって……。いや、元データもかなり厳しくチェック入れてるのに、突然こんなものが入ってくるなんて、どう考えても原因が分からない。
こんな状況下でまだドッキリか何かと思っているのか、当たり前の事を茶化すように言う九条さんに苛立ちを感じて九条さんの方を振り向いて見る。
九条さんを、振り向いて、見る。
え?
そんな疑問符が頭の中に浮かんだ。
横目に、視界に入る何かが見えた。今までこの部屋にいなかった何かがそこに。
今この部屋には私と九条さんしかいないはずなのに。
「血に染まる――赤い、赤イ部屋ハ好きですカ? ケ、ケ……赤いチャンチャンコ、着せまショか? 貴方達の名前モ、追加シテあげる。お母サンが、そうシロッて」
血走った目に大きく開かれた口、血が通っているとは思えない肌の色をした、とても人間の顔には見えない〝それ〟が九条さんの後ろにいた。
表情が分からない位に裂けた口をしているが、〝それ〟は私達をあざ笑うかのようにニヤニヤと笑みを浮かべているように見える。
その声に気付いた九条さんも後ろを振り向く。
その姿を見て声も出せずに止まってしまっている私達を尻目に〝それ〟は腕を上に大きく振り上げる。その手にはカッターナイフを持って……いや、両手に生える五指全てがカッターナイフの様な鋭利な刃物となっている様に見える。
「返事が ないかラ 着せ……。 ああ 赤い部屋へ 名前ヲ 刻む」
ヒュッヒュッという風切り音と共に振り下ろされる腕。
え? あ……。
私はそれが何かを考える暇もなかった。ただその振り下ろされる腕の先にある光る刃物を見つめるだけだった。




