2-16-1.PCウイルス?【溝口青子】
「じゃあ、俺は戻るわ。何か分かったら教えてくれ」
七瀬さんはそう言うと鑑識課の部屋を出て行った。
バタンと扉が閉まり、部屋には私と九条さんだけが残される。
「しっかし、なんかこの声――どっかで聞いた事あるんだよなぁ」
「この声ってどっちの声です?」
「ん? 最初の女の方だよ」
九条さんが眉を潜めて、しかめっ面で画面を見ながら何かを思い出す様に悩んでいる。
人の声なんてよっぽど特徴的か親しい人でないと聞き覚えがあるなんて事そうそうないだろう。ましてや人の耳だ。信用できるかと言えば怪しいものだ。似た声の人なんてごまんといるし。
「溝口ちゃん、最初の女の声を明瞭化させた音声ファイルって無いの?」
人差し指を一本立ててリクエスト。
「ええ、ありますよ。ちょっと待ってくださいね。今流しますんで」
音声の方の画面を開き再生ボタンを押すと、先程と同じ女の声が流れる。
何度聞いても同じだ、と思っていたのだが、その不安を煽る女の声は聞く度に何か不気味に感じるものが大きくなる。
「うーん……もっかい。いいかな」
九条さんがマウスを横から奪い取り、再び再生ボタンを押すとまた女の声が流れる。
「もうちょっと綺麗になんないの?」
「これが限界ですね。元々の音声が、複数の声がダブっている見たいな変な声なので……これ以上弄りすぎても雑音が大きくなって逆に聞き取り辛いで……」
そこまで言いかけた時、ふと視界に入った画面の再生メーターに違和感を感じた。メーターが不自然な動きをし始めたのだ。右に触れたり左に触れたり、通常の操作ではありえない異常な動きをとっている。
「あら、溝口ちゃん、何かおかしく……」
「あ、あれ? 何これ。ちょっと、どうしたのよ……」
慌ててマウスを九条さんから奪い返しぐるぐる動かすも、画面上にポインタが見当たらない。一旦音声ウインドウ閉じてみようかと、キーボードで操作を試みるも、一向に命令を受け付けずに音声を再生しているウインドウも消えてくれない。それどころか、もう一つ開いていた後の女の声の音声ファイルのウインドウも前面に出てきて表示がおかしくなっている。……いや、こちらの窓の方が酷い有様だ。
「どったの?」
横から覗き込む九条さんも不思議そうな顔をしている。
「いや、なんだかパソコンがおかしくて……」
すると、再生ボタンも押していないのにスピーカーから女の音声が流れ始めた。それは雑音が混じっておらず、音声ファイルに残された言葉ではなさそうであった。
『あ…………あ……あ……赤赤赤赤……赤い……』
先ほどの機械音声の女の声かと思われる声がスクラッチする様に震えて鳴り響き、更に不気味に聞こえる。
突然の事に思わずビクッと肩を震わせてしまった。
「ちょっと、何よこれ……!」
少しパニックになりながら乱暴にキーボードでの操作を試みるも、やはりどうにもならない。
そうしている間にも画面がどんどんおかしくなっていく。メーターの触れは早くなり、色相色調も変になっていく。そして音声の詳細を表すグラフが徐々に赤色に染まっていく。
最終的にその真っ赤になった画面の中に徐々に浮かび上がる文字。
【赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い】
画面に浮き出る文字とリンクする様に、スピーカーから洩れる機械音声の様な女の声は、徐々に大きさを増していく。
普通の人では出せないような、ヘリウムガスを吸った時の様な声。最近よく動画サイト等で耳にする、機械音声の読み上げの様な声が部屋中に鳴り響いた。




