2-12-2.家の鍵の記憶【陣野卓磨】
ぼやけていた視界が次第にはっきりと映りだし、先程まで見ていた家の中の風景が目に入ってきた。
だが、電気が灯っており部屋の中は明るい。置いてある家具も少し違う。以前にこの家に人が住んでいた頃の風景だろうか。
「あら、静香お帰り。遅かったわね」
「ただいま……」
「雨降られちゃったかー」
「うん……」
声が聞こえる。母娘だろうか。
ただいまを口にした人物は霧雨学園の制服を着ている。だが、見たことのない人物……いや、一度だけ見た。それも今日だ。部室で寝た時に見た夢……その中にこの人物は確かにいた。やはりアレは夢ではなかったのか。何かの記憶だったのだ。
その人物は雨に降られたのか、ずぶ濡れですごく暗い表情をしている。
「体、暖めないとね。ご飯の前に先シャワー浴びてきたら?」
「どっちもいらない……」
「何言ってるの。風邪引くわよ?」
「いらないって言ってんでしょ!!」
女生徒はものすごい剣幕でそう言うと、体から滴る水滴も気にすることなく靴を荒く脱ぎ捨て駆け出し、二階へと足音荒く上がっていった。
「静香、お母さんは静香の味方だから……いつでも頼ってね。お母さんを一人にしないで……」
逃げるように駆け上がっていくその娘の背中を見る母親の目は少し寂しそうだった。
………………。
場面がスッと変わる。
先程の女生徒がずぶ濡れのまま着替える事もなくベッドの上に蹲り、何かをブツブツと呟いている。
恐らく、この家の二階の部屋なのだろう。
「健と絵里が……嘘だよね……でも二人ともすごく楽しそうだった。九条は知ってるのかな……」
そんな言葉が耳に入ってきた。
………………。
また場面が変わる。
先程とは違い雨は降っていない。別の日だろうか。先程見た女生徒がすごい剣幕をして、玄関のドアを挟んで他の女生徒と言い合いをしている。相手の姿は玄関のすりガラス越しで良く見えなかった。
「あんたの…………あんたのせいで健が死んだんでしょ! 言い訳なんて聞きたくない! 帰ってよ! 帰れえ!」
「鴫野、それに関して言い訳は出来ない。でも聞いて、健は……」
鴫野……静香。初めて聞く名前だ。
この人物の記憶を見ているのだろうか。聞いたことも無い、俺の知らない人物。
目玉狩りの時の事から考えると、この人物が屍霊に何か関係していると考えるべきだろうか。
やはり、呪いの家の前で起きている首切り事件は屍霊が関係しているのか……。
「私、あんたの事、親友だと思ってた。でも、そうじゃなかった……ゴミよ、ゴミ以下よ……あんたが、そうよ、あんたが死ねばよかったのに……! そしたら健は私だけの……」
「違う、違うの」
「帰れっつってんでしょ! もう顔も見たくないから! 消えろよ!」
鴫野と呼ばれる女生徒はそう言うと勢いよくドアを叩いた。
玄関のすりガラス越しに見える女生徒は、なすすべも無く立ち尽くしている。
「鴫野、ごめんね……」
女生徒は消え入るような声でガラス越しにそう言い残すとその場を後にして行ってしまった。
外の女生徒はどこかで聞いた事のある声だった。
どこで聞いた声、誰だっただろうか。頭の中に引っかかってはいるものの、はっきりと出てこずに分からない。
鴫野は、ドアの向こうにいた人物が去ったのを確認すると、ドアを背に蹲り泣きだしてしまった。
以前の……伊刈の時とは違う。
知らない人、思い出せない人。
なんだったのだろうか……。
だが、また『見た』という事は、何か大事な事なのだろうか。




