2-10-3.家の鍵【陣野卓磨】
眼前には固く閉ざされた玄関のドア。
門は閉まっていなかったが、当然の事なのだろうが玄関には鍵がかかっている。
「鍵がかかっているな。しかし埃がかぶっていない。大方先日の事件の時に警察が中も見たんだろうが……」
影姫がドアの取っ手をゆっくりと音がなるべくたたない様にガチャガチャ回しながら押したり引いたりしているが、もちろんドアは一向に開く気配がない。
「まぁ当然だが、きっちり閉めているな」
「そ、そうだな。残念だ。今日は警察に連絡して帰ろう。また明るいうちに来ようぜ。な?」
「連絡と言っても私はスマホを持っておらんぞ。卓磨は持っていないのか?」
「いや、持ってるけど電池が切れてて……」
「ならどうしようもないだろ」
ホラー映画でもよく目にするが、なぜこういうシチュエーションは大概夜なんだ。
俺としてはこの家に入って散策なんてつもりは全くなく、鞄の回収の為に影姫に護衛的な事をしてもらって今日はさっさとトンズラかましたい所だったのだが、こうなってしまっては元の木阿弥だ。
「なぁ、隣の家の人に電話でも借りてだな……」
入らないといけないのなら明るい昼の方がいい。雨の日もダメだ。日の差す晴れた昼間がいい。夜や悪天候は恐怖を倍増させるだけだ。
影姫はそう言う俺の言葉を聞くと、こちらに視線を移しニヤリとうっすら笑みを浮かべ、ドア脇に置いてある少し重そうな大き目の植木鉢に手をかけた。
「何してるんだ?」
「テレビのドラマで見たのだ。ミステリーは面白い、色々な発想をかき立ててくれる。前に住んでいた住人や大家が、忘れないようにこういう場所に置いてある事があるとな」
だが、影姫が手をかけている不自然に一つだけ置かれた植木鉢には、最近動かしたような痕跡があった。もしそこに鍵があったのだとしたら、影姫がさっき言ったように警察が調べて持って行ってるんじゃないだろうか。
俺は祈る。そこに鍵が置かれていないという事を。
影姫は祈る俺を横目に植木鉢を持ち上げるが、どかされた植木鉢の下には何も無かった。あるのは湿った土だけである。
無用心だ、そんな所にあるわけないだろう。とホッと胸を撫で下ろす。
「残念だったな。誰かが動かした感があるし、もしあったのだとしても、大方前の事件の時に警察が持って行ったんじゃないか?」
だが影姫は諦めなかった。俺の言葉を余所に、何かに気がついたかの様に、ムッとした様子で手の平から小刀サイズの刀をにゅっと生やすと、植木鉢が置いてあった下の土を掘り始めた。諦めが悪いと言うか、意地になっているというか。土の中に埋めるとかあるわけないだろ……。
だが、そんな俺の考えをあざ笑うかのように、影姫の掘っている部分から「カンッ」と言う音が聞こえてきた。影姫の小刀と何かがぶつかったのだ。
更に影姫がその音がした回りを刳り貫くように掘り進めていくと、土の中からは小さなブリキの入れ物が出てきた。
入れ物を振るとカラカラと金属がぶつかり合う音がする。そして、蓋を開けるとその中には鍵が入っていた。形状を見ても車のキーや自転車の鍵じゃない。家の鍵っぽい。
「少し怨念の破片を感じた。ここまでは警察の魔の手も及ばなかったようだな。見たか、私の推理は正しかった。ふふん」
影姫は少しだけ自慢気に顔をこちらに向け俺を見ると、してやったりとしたたかな笑顔を見せる。
警察の事を魔の手とか言うんじゃない。
「何か感じ取ったんだったら推理って言う程のもんでもないだろ……はぁ……」
前に住んでた奴か大家か知らんが……恨むぞ。
「何だ大きな溜息をついて。そんなに入りたくないのか?」
「当たり前だろ。怖い思いをするのは嫌なんだよ」
「だったら隣人に電話を借りて警察を先に呼ぶか? また被害者が出ても知らんぞ」
「それはそれで俺のせいみたいで嫌だけど……」
「大体襲われるなら既に襲われていてもおかしくないだろう。これだけ喋って時間を潰していても何の変化も無いんだ。卓磨の気にしすぎだ。私の契約者ならもっとシャキッとしろ。シャキッと。こっちまでやる気がなくなってくるわ」
「うーん」
指でホルダーのついた鍵をくるくると回しながら俺を窘める影姫の視線は、少し冷たいものだった。




