2-10-2.近くにいなければ【陣野卓磨】
俺は今、両脇にカバンを抱えて呪いの家の前にいる。持っているのは俺の鞄と霙月の鞄だ。
警察にはまだ連絡していない。呪いの家に到着してから誰も気付いていなければ通報しようと思っていたのだが、連絡しようにも俺のスマホは電池が切れているのだ。忘れていた。
あれから誰もこの路地に侵入したり目を向けたりしていないのか、地面に転がる見知らぬ男女二人の遺体はそのままである。目に入ると気分が悪くなってくるので視界には入れたくない。
「場所、分かったみたいで良かった」
とりあえずこの場に戻る前に霙月のスマホを借りて影姫は呼んだ。
隣には影姫もおり、今回はちゃんと着物も着ているので屍霊が出てきても十分に対応できるだろう。
「電話での卓磨の説明だとさっぱり分からなかった。あの建物この建物言われても私はまだ日が浅いからわからんだろう。聞いた事を燕に説明して簡単な地図を描いて貰った」
一枚のルーズリーフをヒラヒラさせる影姫。そこには俺の家から呪いの家までの地図が几帳面に定規で描かれいた。
「そう言うなよ。俺だっていろいろ焦ってたんだよ。霙月の事もあったし」
「烏丸さんは無事だったのか?」
「ああ、大分怖がってはいたけど、大きな怪我とかはないと思う。俺が押し倒した時に膝打ったみたいだったけど」
「押し倒したのか!? いくら夜道で二人きりだとはいえ、それは……! 私はそこまでしろとは言ってないぞ! せ、接吻くらいまでならまぁ、無きにしも非ずとは思ってはだな……」
反応しなくていい箇所に、いちいち反応する。そういう場合じゃないだろう面倒臭い。
「いや、そういう、お前が思ってるようなのじゃなくてだな!」
思わず口調が荒くなる。俺の説明の仕方がまずかったのだろうかと思い返すが、そうでもないだろと思いなおす。
「まぁ、それはいい。その話は後だ」
影姫はフンと軽く鼻息をつくと呪いの家の方に視線を戻した。それに釣られて俺も同じ方向を見る。こうして改めて夜に直視して見るとますます不気味だ。明かりの灯っていない部屋から誰か覗いていそうな雰囲気さえ感じる。
「やはり、気配はするな。どこにいるかは分からないが、恐らくこの地に縛られた地縛型の屍霊だろう。襲われる条件等は今の所全く分からないが、付近に近づかなければ脅威ではないと思う」
影姫は腕を組み、顎に手をやると玄関の方をしげしげと見つめている。
近づいてはいけないと言う事を知った俺達はいいが、近所中にそれを言って回るわけにもいかないし不可能に近い。だとしたら、恐怖心を拭う事は出来ないが早々にケリをつけないといけない。
「だからといって放って置く訳にもいかんしな。さ、入るぞ」
影姫が家の門に手をかけると、金属の摺れる高い音と共に門の片方が開く。それはさながらホラー映画に出てくるような呪いの家の様相そのままであった。
俺はここで待つとしよう。両脇にカバンを抱えているし、何かあったら足手まといになってしまうだろう。
……。
立ち止まって影姫を眺めている俺を、影姫も足を止めて見つめてくる。
何をしていると言わんばかりの視線。数秒間そのまま無言が続いたが、影姫が痺れを切らしたのか顎でクイッと指示してきた。
え? さっき『入るぞ』って言ったよな。俺も入る感じなのか。マジか。
「何をしている。鞘は持っているが、卓磨がいないと もしもの時に丈夫な刀が出せんぞ」
「え? そうなの?」
それは初耳だった。鞘があればよかったんじゃないのか。
「自宅で目玉狩りに襲われた時だってそうだっただろう、鞘と卓磨が揃っていたからこそ刀も折られず撃退できたのだ。密着するほど一緒にいる必要は無いが、近ければ近いほどいい。言ってなかったか?」
「言ってないです……」
「じゃあ今言った。その上で考えろ。私だけが入って、また異空間にでも放り込まれでもしたらそれこそ大事だぞ。それで力が十分に出せない私がやられでもしたら、今後の手立てはあるのか?」
万が一そうなってしまったら対抗できる心当たりは無い。付いて行くしかないのだ。今はそれしかない。
よくよく考えたら、外で待つというのも気持ちが悪い。何せ家の前には二名の遺体が転がっているのだ。
「分かったらさっさと来い。ぐずぐずするな」
そうして俺はしぶしぶ呪いの家の敷地へと足を踏み入れることとなった。




