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おんりょうめもりー ~死人達の記憶と刀の少女~  作者: ぎたこん
第一部・第二章・血に染まるサプライズ
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2-10-1.逃げた先で【陣野卓磨】

 息が切れる。運動不足で体力が無い俺は、短い距離だとしても走るとすぐにへばってしまう。今のように全力で走らなければならない場面となると尚更だ。

 火事場の馬鹿力というやつなのか、自分でもよくここまで走ったと褒めてやりたい。足から力が抜けていき、だんだんと走る速度が遅くなっているのが分かる。しかしもう、後ろから屍霊が追いかけてきている気配はない。


卓磨たっくん……」


 烏丸からすま宅はすぐそこだ。よくよく考えたら、もし屍霊が追いかけてきているのだとしたら、烏丸宅に向かうのは危険なんじゃないだろうか。

 俺の家に走って影姫に助けを求めた方がよかったんじゃないだろうか。気が動転していてそんな事にも頭が回らなかった。


卓磨たっくん!」


 必死になって周りの声が聞こえていなかったが、耳元で霙月みつきの大きな声が聞こえ、呼ばれている事に気がついた。

 痛みが徐々に沸き始めた足を止めると、背におぶっている霙月が微妙に震えているのが分かる。もう何日分走っただろうか。こんなに走ったのはいつ振りか思い出せないくらいだ。しかも人を担いで。


「なんだ!?」


「も、もう大丈夫だと思う……」


 立ち止まり聞き返すと霙月がボソボソと消え入りそうな小声で言う。どうやら屍霊は追いかけては来ていない様だった。


 以前に影姫が地縛じばくされた怨霊云々言っていたが、今の屍霊はしつこくないたぐいなのだろうか。何にせよ助かった。


「あ、ああ、そうか……」


 正直もう体力の限界だった。もう少し体を鍛えないと、毎回こんな事やってらない。


「ねぇ、下ろしてもらっていいかな……さっきからちょっと、すれ違う人に見られて恥ずかしいかも……」


「ああ、悪い……」


 ゼェゼェと息をつきながら霙月を背中から下ろした。

 もう追いかけてきていないという安心からか、疲れが波の様にドッと押し寄せてくる。

 息が荒くなり立っていられない。膝に手をつくも、それだけでは耐え切れずにそのままふらふらと道路脇の地面にへたり込む。それを見て、霙月も俺に近づいてくると隣にしゃがみ込んだ。


 何分くらい経っただろうか。暗い夜道に並んで座り込む二人。傍から見たらどう思われるだろうか。たまに通りすぎる人の視線が痛く感じる。そんな視線を感じてなのか、霙月も隣でじっと黙っている。


「大丈夫? もう、うちすぐそこだから少し休んでいく?」


 しばしの沈黙の後、こちらを見ながら心配そうに霙月が声を掛けてくれる。ありがたい申し出ではあるのだが、そうもしていられない。あの屍霊を何とかしないと、また死人が増える。恐怖こそあるものの、影姫に言って何とかしてもらわねば。


「いや、俺は警察とかに連絡するよ。あそこ人通りほとんどないから倒れてた人達の通報しておかないと……カバンも置いてきちまったし取りに行かないとな」


「でも、あんな場所に行ったらまたさっきのが……」


 霙月の顔から心配や不安の色が隠せない。よく見ると涙の後がくっきりと残っている。走っている間は必死で全然気が付かなかったが、俺が背負っている間ずっと泣いてたようだ。


「大丈夫。体力のない俺が霙月を背負って逃げれるくらいなんだから、出てきたらまた逃げるさ」


 これ以上心配をかけまいと、とりあえず出来るだけの作り笑顔で返事をする。


「嫌だよ……それに、またこの間みたいに倒れたら……行くなら私も……」


 この間、と言うと屋上での事だろうか。

 俺もあれの原因が何かはっきりしていないので倒れないとは断言できない。腹の底から大丈夫という言葉は言う事が出来ないが、これ以上ここで時間を潰すわけにもいかない。


「霙月まで付いてきたら、それこそ逃げてきた意味なくなるだろ? 安心しろって。あれからあんな事起こってないから」


 厳密に言うと、はっきり同じと言える状況はあの後一回だけあった。伊刈のスマホを手にした時だ。だが、それから今まで一度もあんな事は起こっていない。起こらないとも限らないが、今は霙月を帰す事だけを優先させないと。


「信じていいの?」


 霙月は視線をはずすと小声でそう言った。昔はこんな心配性じゃなかったのだが、俺が小さい時に木から落ちた件からすごく心配性になった。俺のせいでもあるのかもしれない。


「信じていい。だから霙月は家に帰れ。とりあえず霙月の家の前までは送るからさ」


「うん……」


 何とか納得してくれた様で、その後俺は霙月を家まで送り届けた。


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