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おんりょうめもりー ~死人達の記憶と刀の少女~  作者: ぎたこん
第一部・第二章・血に染まるサプライズ
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2-9-4.屍霊、再び【陣野卓磨】

「や……やああああああ!」


 霙月みつきが目前に広がる光景に対して、あまりの恐怖を覚えたのか叫び声をあげる。

 そして、俺の後ろに隠れるようにしてしがみついて来た。

 俺自身も一瞬頭が真っ白になり、どうしていいのか分からなくなってしまった。そして、目玉狩りの姿に続き、御厨みくりやの家で見た凄惨な光景が頭の中でフラッシュバックする。


 またか、またなのか。

 人ってのはこうも短期間に殺された人間の死体に直面するものなのか。

 運が悪いというレベルじゃないぞ。


 背中を悪寒がほど走る感覚。心臓の鼓動が止まらない。言葉が出てこない。

 嫌だ、またあんな思いをするのか? 痛い思いをするのか?

 そう考えると、まだ完全に癒えぬ腕の傷の辺りが、ズキズキと疼いてくる。


「ね、ねぇ! 救急車っ! 警察っ! 呼ばないとっ!」


「え、あ、あ……」


 霙月が俺の腕を必死に掴みながら泣きそうな声で言うが、俺は思考が鈍くなっておりなかなか反応ができなかった。


 警察?

 ああ、警察を呼ばないと……倒れている人物達は目が開いたままピクリとも動かない。見た感じ明らかに死んでいるけど、救急車とかも呼んだ方がいいのかな。呼んでも無駄なんじゃないか。この血の量は。


 そう思う俺は目の前の現実を逃避するように驚くほど冷静であるが、思考に行動が追いつかない。視線も落ち着かず、ポケットに入っているスマホを取り出そうとしながら、何か言っている霙月の方をゆっくりと見る。


「ちょっと待て、俺のスマホは電池が切れていたはず……」


 いやに冷静にその事を思い出す。


「いい、私が呼ぶからっ」


 その声に霙月の方を見ると、霙月もスマホを取り出し画面を覗いている。


 え?


 そして気がついた。


 スマホを触る霙月の背後にぼんやりとした姿の誰かが立っており、霙月の首の両側に何か鋭利な刃物の様なものを押し当ててようとしている姿が目に入った。

 それはキラリと光を反射させ、今にも霙月の首に触れようとしている。

 刃物……? 首筋に……? 嘘だろ……?

 背後に立っている人影の顔は暗くてよく見えないが、醜く歪むその輪郭は、人の顔をしていない事だけは明白に分かった。


「あ、あ、あ、ああああ! ああああああああああああ! だ、駄目だアアアアアアアアア!」


「えっ!? へっ!?」


 俺の突然の叫び声に驚きを隠せない霙月。

 咄嗟の出来事で自分でも何がなんだか分からず、とりあえずその人影から霙月を引き剥がさねばという思いが頭の中を支配する。

 そして、叫び声と共に霙月を思いっきり引き寄せると、二人して地面に倒れてしまった。俺が引き寄せたとほぼ同時に、霙月の首筋に当てられていた鋭利な刃物が霙月の首があった位置で交差し消えていく。


 間一髪だった。霙月を引き寄せていなかったら、目の前に倒れている二人と同じ様に首筋を斬られていたのかもしれない。宙には切られた霙月の長い髪の毛が数本ゆらゆらと舞っている。それをただ見つめ、たたずむ黒い影。


「ケ、ケ、ケ、ケタケタケタ……」


 気味の悪い笑い声が聞こえてきた。とても人の笑い声とは思えない不気味な声だ。


「痛った……どうしたの、卓磨たっくん、いきなり叫んだりして……っ」


 倒れた時に俺が下敷きになりクッションとなったようだが、膝を少し地面に打ち付けて怪我をしたようだ。だがそんな霙月は、俺の目の前にいる存在にまだ気が付いていないようだった。


「に、逃げ、逃げるぞ!! 霙月! 立て!! 早く!!」


「え? 何!?」


 そう言っている間にも、その影がまた腕を振り上げている。なんだ、なんなんだこいつは。

 霙月が俺の声に反応して、俺の視線を辿る。後ろを振り返った霙月がやっとそれの存在に気がついた。

 その顔はみるみると恐怖の色へと包まれていく。


「だ、誰? 何? この人……?」


 先程まではよく見えなかった顔が、人影が動くにつれ徐々に光を浴びてその全貌を露わにしてきた。

 真っ赤に血走り大きく開かれ、焦点のあっていない目、大きく裂けた口に鋭く尖った刃物の様な牙。そして……そこに倒れている二人と同じく大きな二つの切り傷の入った首筋とそこから流れ出たあろう服についた血の痕……。


 目玉狩りを髣髴ほうふつとさせるその異形なる姿は、俺達の恐怖を心の底から掻き立てた。

 屍霊だ。間違いなく屍霊だ。俺はまた屍霊に出くわしてしまったのだ。

 何と言う事だ。よりにもよって影姫がいない時に。


「ふ、うわあああ!」


 先程よりはっきりと見えたその姿その形相に、思わず倒れた霙月を抱えたまま力任せに引きずり後ずさってしまう。同時に目の前をヒュッヒュッと音を立てて何かがかすめていった。切り取られた霙月の後ろ髪数本が再び目の前の宙に舞う。


 今、後ろに下がらなかったら霙月が殺されていた。偶然あとずさって助かった……。


 二度も獲物を逃した目の前の屍霊は奇妙な笑い声をピタリと止めて、口角をゆがめると小さく唸り声を上げながら不機嫌さをあらわにしている。だが、今度は刃物を持った腕を振りかぶる様子はない。


 ……ホントに刃物を持っているのだろうか。手を見ると何かを握っているという風には見えない。まるで手が……指が……。


「オ、オカ……逃ゲ……タ……」


 何か呟いているが、何を言っているのか分からない。

 いや、そんな事を考えている場合ではない逃げるなら今だ。動きを止めた今がチャンスだ。


「み、霙月ぃ! 逃げるぞ!!!」


「に、逃げる、うん……」


 そう返事は返ってきたが、頭も声も震えて目から涙が零れている。こちらに顔を向ける事も出来ずに、屍霊を見てわなわなと震えている。

 このままでは駄目だ。どう見ても動けるような精神状態じゃない。俺が何とか助けないといけない。


「の、乗れ! 俺が走って逃げるから!」


 霙月を引き寄せ背中に無理矢理おぶる。カバンは……いや、今はそんな事どうでもいい。逃げるのが先決だ。


「うっ、ぐっ」


 俺も足が震えるが、何とか堪えて立ち上がる。俺は前に一度見ている。みているからこそ霙月よりは恐怖が薄いはずだと自分に言い聞かせる。だが、普段の運動不足がたたってか、軽そうに見える霙月の体も重く感じる。


 来るなよ……追ってくるなよ。


 祈ることしか出来ない。

 路地を逆戻りし烏丸宅に向かって無我夢中で走る。後ろを振り返ることもできない。

 暗い夜道、こんな時に限って誰ともすれ違わない。なぜ人がいない。事件のせいなのかmアイツのせいなのか。


 だが、追いかけてくる足音や先程のヤツの声は聞こえない。

 追ってきていないのだろうか。

 背負う霙月が震えているのが分かる。


 俺は後ろを確認することもできず、ただひたすら走り続けることしかできなかった。

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